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kazunosukeの日記: ひとつ前のエントリの切り取ったものの貼り付け 6

日記 by kazunosuke

 当事者になってしまうとそれが「子供にとって良いこと」なのかどうかというものは議論の外に
追いやられてしまう。それを考え出すとキリがないから。だから「子供のため」と思い込むことで
「レベルの高い学校」に入学させたいと考える。受験の話になると長くなるからアレなんだけど、
必ず「賛成」「反対」の議論になるのね。そんなことはどうでもよくて、大切なのは親が子供と
正面から向き合えるかどうかだと思うわけですよ。

 自分は結婚もしてないし子供もいないから、偉そうなことは言えないんだけど、とりあえず
私立学校の教師(講師だけどさ)をやっちゃっているから、その異様な空気を肌で感じ取ることは
できるわけです。「そんなことでは合格には左右されないよ」なんてことを本気で信じる人たち。
でも「名門進学校を受験したからおかしくなった」とかそれも正しいわけではなく「公立でのんびり」と
考えていても、公立行ったところでヘンな先生や生徒はいるわけだからね。
どこに行っても何をやっても「コレで安心」なんてことはないのです。ただ、何かを経験したことで
挫折だったり、困難や苦しみからなるべく早く脱出する術を知ることができるのなら、それが
お受験であっても良いのだと思います。あとは(勉強に関しては)ある程度自分に自信を
持てるようになるぐらいかな。所詮その程度だよ。

 本来、自分や子供の進路を考えるというのは(何かの)権威であったり、社会的なステータスを
妄信するものではないことは充分わかっているはずです。だけどそれを考えるのは「時間の無駄」
「必要ない」「迷いは良くない」という結論に辿り着いてしまいがちなんだよね。でも違うんだよ。

 僕自身、教壇に立っているといつも迷いが生まれてくるわけです。
「こんなことやってて本当に彼らの役に立つのかな?」「いや、何かの役には立つはずだ」
「役に立たなくても“俺は学校生活を我慢できた”ということを知っただけでも良いんじゃないか」
「世の中出れば我慢ばかりだからな」「でも学校ってそんなつまらないことばかりなのかな」
「つーか俺も偉そうなこと言っているけれど世の中のことしらねーじゃん・・」
・・って「教師が迷っていたらダメだよ」と偉い先生に言われたけれど、しょうがないよね。
そういうことを「考えないようにする」では、お受験に狂う保護者と同じだと思うのです。
それに生徒に言ったりはしないし、でも言わないことで「こんな俺でもどうにか良い方法が
ないものかと、結論が出ないようなことだとわかっていながらそれでも考えているんだぜ」って
伝わればいいのかなと。まー、伝わらないかもしれないけれど何かは伝えられると信じてやっているよ。

※全然映画と関係ない話になっちゃった。

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
  • kazunosuke先生のは
    子供への誠実さにもとづいた悩みやゆらぎだから
    それでいいと思います。

    自分をごまかして納得させたうえでの
    まっすぐさや自信に満ちた先生より
    よっぽど信頼できますよ。

    学校という奇妙な場所には
    そういう人がいないと
    おかしくなってしまうような気がします。
  • by hix (3507) on 2005年01月26日 4時19分 (#684438) 日記
    # 2chの書き込みっぽくなってしまったのはご容赦

    高校の時の担任は、頼りなくて不器用だったけど、わたしらが悩んでる時は一緒に悩んでくれた。先生にしてみりゃ理不尽な八つ当たりだったとしても、その根底にある悩みを共有してくれたというか、決して器用な先生じゃなかったから結果的にそうなったんだろうけど、そういう反応って嬉しい。…けど、だからってその時は素直に嬉しいなんて思えない(それもまた理不尽)。30過ぎて今ごろになって、あの時の先生の有り難味を実感できたりする。
    わたくしみたいな生意気なクソガキが無茶を言っても、その場を繕うような事は言わない。一生懸命に考えた答えを言うわけですよ。なんていうかな...人間くさい。

    友人Aが当時の話になると決まって、一人一人名前を出して行って「こっから一人でも欠ければウチの組じゃなくなる」と言う。その根底にあるのが、担任の存在だと思う。友人Aが挙げる名前に担任の名前は出てこないけど、ヤツは皆まで言わない性格なので、たぶんそういう事なんだと思う。

    少し前に会った時に「先生ってさ。逃げなかったよな」って言うと「オレはそれしかできねーべ」と言う。“頼りなくて”なんて、わたくしが浅はかなだけだったね。
    今はベテランというポジションだけど、不器用なのは昔と変わってないっぽい。考えさせられるとか悩むとか言ってる。今の教え子も幸せだろうなと思った。
    •  いつか伝わってくれればそれが教育だと思えます。
      どうしても目先の結果に囚われがちになってしまうのです。
      生徒も保護者も教師でさえも。
      考えたり悩んだりすることで、点数をとらせる効率は明らかに低下する・・と思うんですが、
      それをしないという性格には絶対になれっこないので諦めましたよ。だって無理だもん。
      だからテクニックをつける訓練をしないといけないのです。もちろん情熱はそのままで。
      今年の目標です。

      #長文コメントうれしいです。ありがとうございます。
      親コメント
  • 親じゃないので恐らくなのですが。それと、必ずしも僕の意見というわけじゃないので考え方だけ。

    • 子供に対しては自分のできる最大の環境を与えたいと思う。自分が将来の可能性を摘みたくない。
    • "他の点でまったく一緒ならば"、勉強"も"できたほうがその後の可能性は広いような気がする。
    • てきとーに過ごしてる子供に、何か"これができたらいい!"というものを考えるなら、勉強という選択肢が一番安易。学校という制度が広く行き渡っているので、誰にでもアピールできる。

    ってな気がするのです。まぁ異論はあるだろうけれど。

    親が、てきとーに過ごしてる(と感じる)子に対してどう対応するか、ってのはちょっと気になるんですけどね。ほっとけばそのうち気づくだろって人もいるだろうけど、"子供の可能性が減っていくのはいたたまれない"って人もきっといるはずで、そういう人がどうするのかな、って。

    余談になるけど、卓球の愛ちゃんっているじゃないですか。あの子が卓球をしているのも、一種の"お受験"みたいな点があるんじゃないかなー、とか。
    •  理由は様々、たしかにそのような考えもあるだろうなぁ。
      勉強だったり学歴(死語・・じゃないよね?)は本当にわかり易いんだ。
      いや、根本的なものはわかっていないんだけど世間は「わかって」しまう。
      全員がそう思うわけじゃないとしても、東大卒のプロ野球選手が誕生して、
      やっぱり「すげーなあ」って思うもん。何が「すげー」のかよくわからないけれど(笑。
      でも日本中の親はそういう子供になって欲しいと思うだろうね。
      社会的な一般意思に左右されない絶対的なすごさを手に入れることが理想なんだろうけど、
      どうしてもラベルで見切っちゃうのよね。本来なら志望校に落ちたことで新たな可能性が
      広がるかもしれないのに・・・ってこんなこと教師が言っちゃ怒られそうだけど。
      親コメント
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アレゲはアレゲ以上のなにものでもなさげ -- アレゲ研究家

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