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kazunosukeの日記: 0607『クラッシュ』

日記 by kazunosuke

 しばらく前に『クラッシュ』を観てました。

 舞台はアメリカの巨大都市ロサンゼルス。様々な人種・民族が集まるこの街で、ひとつの交通事故が多くの人種・民族差別や問題をあぶり出していく…という話です。ストーリー展開は『マグノリア』と同じく、いくつかの話が独立しながらも絡み合っています。でもその一見四散してしまいがちな複数の話が、ごちゃごちゃにならず、またキレイに一本の筋を通しているのは脚本力の成せる業でしょう。

 スクリーンを観ているときにずっと考えていたことは「この作品も前回観た『ミュンヘン』と同じように(日本民族の)日本人には理解しにくいだろうな」ということでした。ですから僕も本質的な部分ではよくわかっていないんです。表面上はわかったつもりでも、日本民族のアイデンティティが99%を超える日本に住んでいる日本民族が、この問題を理解できるわけはないのです。世界には193の独立国がありますが単一民族国家なんてひとつもありません。日本だって複数の民族から国が作られているわけです。しかし全ての国が多民族国家であっても、その民族・人種間の割合はまちまちです。それが日本ではなくアメリカが「人種のサラダボウル」と言われる所以であり、この映画の舞台が成立していることにもつながるのです(日本はレタスの割合が99%以上のサラダボウルなのですから同じ設定の映画は難しいですね)。

 僕が『クラッシュ』を観ていて何度も何度も『ミュンヘン』を連想してしまったのは、この作品にもやはり完璧な善と悪とが存在していないからです。観賞している誰もが嫌悪感を抱くであろう黒人蔑視の白人警察官が映画の後半にどんな行動を起こすのか。また逆にそんな彼の差別的言動に嫌気が差した、相棒の若い白人警察官の行動は悲劇を招いてしまいます。黒人の自動車泥棒が素晴らしい行いもします。事件に巻き込まれる善良だと思われたアジア系男性の本性は…。物語が進んでいくほど分けがわからなくなって、そして「この人物はこういう性格だ」と色眼鏡を掛けようとしていた観客全てを嘲笑うのです。

 私たちが生きている社会はつらいことがたくさんあって、面倒くさいこともたくさんあります。人は自分の経験が蓄積してくると、それに基づいた考え方や行動を取るようになります。ある一定の自分の中の法則を作り上げ、従って、そう考えて行動した方が楽だからです。全てを単純化して系統立てて考えた方が、自分の強さ弱さや善悪の判断基準をより明確にでき、揺るがない自信を得られると信じているからです。当たり前のことですが、人はステレオタイプの考えを持たないことは難しいです。けれど、自分の知らないことを知ろうとする努力と、自分のルール以外のことを考え考察する手間と、正しいと思い信じているものを再度検証してみることを怠けてはいけません。

 人種や民族といったアイデンティティの違いから、他者を差別することはあってはならないことです。しかしアイデンティティを消して同質化を図ることも許されることではありません。『クラッシュ』はアメリカの物語であり、世界の物語です。日本のようなひとつが大部分の地域を取り出せば見えてこないような問題も、アメリカのように混ざり合うことで浮き彫りになるのです。最後は「USA!!USA!!!」と絶叫して終える「人種のるつぼ」ではなく、他者をより尊重し、そして問題提起をする「人種のサラダボウル」をこの映画に見た気がしました。

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 採点・☆☆☆☆
(☆20点、★10点、100点満点)

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一つのことを行い、またそれをうまくやるプログラムを書け -- Malcolm Douglas McIlroy

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