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日記

ken_non_sumの日記: 友達が少なくて何が悪い、ないしは、鈍感主人公擁護その 2

日記 by ken_non_sum

ねむれないときにはついくだらないことを思い出してしまう。

小、中学校のときは、同級生がみんなバカにしか見えなくて、一刻も早くこの場から抜けたいといつも思っていた。彼奴めらもボクの悪意を感知する程度には知性があったので、ボクには辛くあたった。
高校受験では、それこそボクにとっては鴨緑江を泳いで渡河するような心境だった。

今にして思えば、知性という点では、客観的にも、少なくともあの当時人後に落ちることはなかったのだろうが、いっぽう人格にかんしてはおよそ狂人のそれだったような気もする。
;; 知性のほうも、今じゃ見る影もないと親類にはよく言われる。

自分が頭のいい人間のつもりならもっとやりようがあったはずなのにな、なんて今なら考えるが、とにかく当時は万事に強迫的で、バカをバカ呼ばわりしないのはむしろ不正直で堕落だとさえ思っていたのだ。大嫌いなはずの学校の卒業式で答辞を読む破目になったのは傍目からはさぞ奇怪に映ったろうが、そういう事情があったのだ。
その生徒会をやっていたときに妙に懐いてくる下級生がいたけれども、ボクは鬱陶しくてたまらず、ひたすらに避けた。ボタンをやったら名札もくれというので、ふざけるなとはねつけた。彼奴めらの記憶から一刻も早くボクの存在が消えてほしかったのだ。
;; その子からは手紙を貰ったが読まずに捨てた。
;; まぁ、あの年頃はやたらと手紙だカードだメッセージだと書きたがるようなので、どうせ大したことは書いてもなかったに違いないのである。

一転して高校ではクラスに恵まれた。いや、はじめはそう自分にいいきかせていたのだ。同じ試験を受けて入ってきた、まぁ、推薦の子もいたけれど、むしろそういう子のほうが屈託がなくて万事そつなくこなしていた、というのは、ボクの高校は第一志望で入ってくる子はたぶん半分くらいしかいないようなところだったからだが、まぁとにかく、そういう同級生をバカ扱いするのはそれこそ天に唾するようなものだとさすがに自覚したので、けっこうおとなしく振る舞うようにしたのだ。
そうすると、しぜんに、というのか、たぶん人並に、だろうが、同級生とはそれなりにコミュニケーションがとれるようになっていった。当時を知る人は「あれでか?」と思うかも知れないけれど、あれでけっこうがんばってたんだよ、ボクは。

でもその分負けん気は削がれてしまい、成績もどんどん落ちていってしまったので、それでよかったのかは分からない。こちらもこちらで、やはり、もっとうまく立ち回るべきだったかなと思うことがあるが、自分のためにどうかというよりも、依然としてかたくななところの残っていたボクの問題のある言動に対して、実におおらかな態度で友人らが接してくれたことに、今さら気付いて、そちらについて強い後悔の念に苛まれるのだ。

まぁそんなふうに、高校の頃のことは、ときどき思いだしては後悔するいっぽうで、それ以前のことは一切見ないふりをしていたのだ。しかし、きょうはめずらしくその先まで反省してみることになったわけだ。

しかしそれでも、ボクは論語のあの一節「己れに如かざるものを友とすることなかれ」が今も大好きである。

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前置きが長過ぎた。
エロゲやラノベの(またその手の話かよ、とか思わないで)、いわゆる鈍感主人公は読者にきらわれることもあるが、そもそも主人公にヒロインと親密になる義務なんてないだろう、ということをそのとき考えたのだ。

いわゆる「ぼっち」キャラががんばろうとする、あわよくば恋愛も、みたいのがひとつのトレンドになっている、いや、というよりも、孤独であることなんとかしたいという望みがひろく共有されるようになって、それを受けて『はがない』や、あるいは『生存』みたいな学園日常ものが出てきたというべきか。
あるいは、もっと普遍的なテーマとして、なんとかして異性とのいい雰囲気を目指す、という筋はありふれている。それらの作品の存在じたいには何ら否定的な感想はない。
しかし、そうした世界観に接する読者らから「鈍感、ダメ、絶対」みたいな主張が散見されることに、むしろ当然であるはずなのに、言い知れぬ違和感があって、前にも変なことを書いたりしつついまひとつ煮え切らない気分でいたのだが、いまひとつのその原因がわかったわけだ。

それは、強がりでなく、本気で人嫌いの人間、ないしは、狷介不羈きわまる人間、ただかわいいからといって好意を寄せる女の子に簡単に靡いたりしない男、というのはときどき居るものなのに、そういう批判はこういう人格の存在を無視ないしは極めて軽視しているのではないか、という確信に近い疑念である。
まして、冗談でも「リアルは糞二次元最高」なんて口にする人間がそういう者の存在に気付かないのだとしたら、いったいこれはなんなんだろう、というものである。おまえらなんかぬるすぎだ、半端だ、リア充の第五列め、と言いたくもなる。

ハーレム展開が気に入らない、ヒロインの好感度がはじめから高いのが気に入らない、という意見がいっぽうにあって、それはつまり、女の子の心理というものを侮っていないかという批判だが、それについては「二次元でそんなの知ったことか」程度に応じられることが多いのに、いっぽうで、主人公はヒロインを好きにならなきゃいけない――まぁ、どっちみちそういうふうにはなるだろうけれども――のに、いつまでも煮え切らない態度をとりやがって、という批判は割と喝采を浴びがちである。

しかし、それが悪いというのではない。たぶん、むしろいい傾向なんだろう。
女の子の造形にはとことん望みのものを盛り込んでもらっているので、その分主人公には男らしく振る舞ってほしい、みたいに思うのは、だいじなバランス感覚だろう。

しかし、ボクとしては、こういうところに萌えヲタの大衆化を見る気分であって、複雑な心境だ。

ああでも、今回もやっぱり考えようによってはこのコメントの洞察から漏れるものではないのかも。

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