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kosmicの日記: なぜに…その1

日記 by kosmic

日記といいつつ、ぜんぜんその日を記していないんですが、せっかくのシステムなのでつらつらと。
なぜに(今現在)モー娘。を好きになったんだろうかと想うこと。

モー娘。が好きになる前は谷村有美が好きだった。(今でもだけどね)
#すらど購読者の年齢層にはマッチしてるかな?

谷村有美が好きになったのは高3のとき。バブルが膨らむ前くらいだねぇ。
たった15秒のCM(三和銀行)の挿入歌を聴いてそれを探し出し、発売直後だった
「Hear」を石丸本店4階で買ってしまったのがはじまり。っていうか、おわり。:)
男子校も6年目、迫り来る受験のプレッシャーにおろおろしてた頃のひとすじの光。
当時の彼女はほんとに光っていたね。ルックスも声もスタイルもトークもなにもかも。
森高とツートップを張るソニーレコードの、いやガールポップの旗手。

それから浪人時代を含めて毎日毎日CDを聴いた。ほんとに。
1000回聴いたといってもまったく嘘で無いと言いきれる。
歌詞もアレンジもベースの音もいまでもすべて頭の中で流れ出すほどに。

大学に入って、コンサートにも行きだした。当時のファン層は私より上の社会人、
っていうか谷村と同世代のひとたちが中心だった。
武道館のコンサートも背広姿のひとたちが目だって多かった。

「Prism」や「愛は元気です」が発売された頃に状況が変わってきた。
当時まだ大学や企業の研究室にしかなかった電子メール(いまでいうインタネット)の
アカウントを某所でもらえた私は、出来たばかりの「谷村有美ML」に参加して、
オフミに参加し、コンサートで遠征し、ファンとしての関わり合いを深めていった。
文字通りのめりこんでいくようになったのだ。

谷村にのめりこんでいくと同時に、いままでそれほど興味のなかったほかの音楽も
聴くようになった。谷村のルーツとなった人たちを辿ることで邦楽も洋楽もちょびちょびと
世界がひろがっていくような気がした。
(ここで… 谷村有美をプロデュースしてた人たちってのはそうそうたるメンバーだったのよねぇ)

しかしそのころから谷村のファン層は年上から同年代、
谷村がラジオレギュラーを持っていたので年下の受験世代に中心が移っていった。
もともと詞や曲を書くペースの遅い谷村のリリースペースはどんどん遅くなっていき、
声やつやにも張りがなくなってきた。これはどうしようもないことだとは思いつつ、
一度夢中になったひとだからというわけで、ファンはやめないでいた。

ここでありがちなのが、新しいアルバムよりも夢中だった全盛期の初期のアルバムの
曲を聴きつづけることである。古くからのファンが固定してしまうと歌手サイドとしても
行き詰まりを感じてしまう。コンサートでも意識的に古い曲を封印してしまう。
新しいファンは増えるかもしれないけれど、いままで一緒に応援してたファンたちは
離れて行ってしまう。一抹の寂しさを感じていたある日。

世間ではあんまり知られていないかもしれませんが、
谷村有美は一度、98年10月に休業宣言をしてます。
その宣言をしたラジオ放送(FM802)を後に聞きながら、
失恋のような学生時代の終わりを感じたものだった。

でも休業後の彼女はゆっくりながらも復帰へのパワーを蓄えていた。
休業といいつつちょろちょろコンサートで唄っておりました。見に行きましたよ。
さすがに三十路をすぎてそれなりの格好にはなりましたが、
しなやかさとにじみ出るパワーは衰えてはいなかったのがうれしくて。

んで、2年半の休養を経て、今年の夏にアルバムが発売、コンサートが開かれ、
一時期封印してた昔の曲も自然とながれてた。
MLのひとたちも結構戻ってきたし、高3だった私もいよいよどくみそ(=独身みそじ)になって。

何で好きになったんだろうと思うと、やはり輝いていたあのころの谷村有美が好きだったから
だろうけど、いまでも好きでいられるのはあのころを重ねつつも今も好きだからであろう。
他人がどーみたってしわしわのおばあさんだとしても数十年連れ添った古女房を愛している
旦那さんの気持ちってのはこんなんなのかなと思う。まだ女房はいないけどね(T-T)

んで、モー娘。の話はつらつらつづく。

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あつくて寝られない時はhackしろ! 386BSD(98)はそうやってつくられましたよ? -- あるハッカー

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