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koufuuの日記: コミュニケーションと概念に対する命名 4

日記 by koufuu
ひとつ前の日記は前から一度書きたかったことではあるんだが、もうひとつ、書いておきたいことがあったので、ついでに。

それは、コミュニケーションと概念に対する命名についてだ。

まず、ある物事について他人に説明しようとする場合、それを事細かに説明する必要があるだろう。しかし、それを説明した後に、何らかの名前を与えると、今後は、その名前で分かり合えるようになる。類似の事柄を説明する場合には、いちから説明するのではなく、その名前を持ち出して、違いを言えばよくなる。

スラドの住人に身近な例でいえば、

・いわゆる手続き型のコンピュータ言語である
・変数に型がある
・ポインタ型と呼ばれる型がある
・関数に対するポインタが存在する

という説明をした後、これを今後「C言語」と命名しよう。一度、命名してしまえば、上のような長ったらしい説明をしなくても、「C言語」といえば、みんな同じ物を思い浮かべるわけだ。ただし、細かいところでは、みんな解釈が違うという恐れはある。

また、「C言語」という概念を知っている人に、「C++」を説明するときには、

・基本的にはC言語
・オブジェクト指向の概念を取り入れている

でいいわけだ。これは、「C言語」という概念が、共有されているために、「C言語」に関する説明が省略できるわけだ。

要するに、新しい概念が出てきたときに、それに名前を付けることで初めて、他人とのコミュニケーションで、その概念を活用できるようになるわけだ。さらに、その概念を元に、ひとつ上のレベルの概念を考えることも出来る。そのときには、既存の概念は抽象化されており、詳細まで頭をめぐらさなくてもいいわけだ。ある意味、オブジェクト指向的といえるかもしれない。

ここまでは、いいと思うのだが、コミュニケーションの問題として、人によって、ベースとして考えられる、概念のレベルが違うのではないかということだ。つまり、やたら細かいことに気が行ってしまう人もいれば、ざっくりしたレベルでないと考えられない人もいる。ここから先が、個人的な直感レベルの仮説なんだが、一度に考えられる概念の数というのは、個人差はあまりないんじゃないかと。つまり、細かい概念のレベルで考えている人は、狭い範囲でたくさんの概念が存在してしまうわけで、大所高所からはモノが見えない。対して、大きい概念のレベルで考えている人は、広い範囲でも数が少ないわけで、大所高所からモノが見える代わりに、細かいところが良く分からんということではないかと。

うむ。我ながら、読んでも良く分からん文章を書いているな。しょせん、個人の落書きか…。

(2003.7.17 23:42追記)えーっと、最後のところで、「ベースとして考えられる概念のレベル」といっていますが、これは、思考をめぐらすときに使う概念のレベルという意味です。知識として、高いレベルから低いレベルまで知っていることはありえると思いますが、モノを考えるときに、無意識には、どの辺のレベルで考えるかという話です。 (2003.7.18 9:31追記)一部修正。修正個所は、コメントでの指摘を反映。

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
  • by argon (3541) on 2003年07月17日 23時00分 (#361094) 日記
    同じ言語をコミュニケーションに用いる相手とは思えないぐらいに意思の疎通が
    困難な状況に居合わせた場合、定義から入らざるを得ないのですが、
    概念の定義というのは、他のなにものでもないという定義のしかたをすることも多く、
    ある程度の共通な知識背景を持たない場合のそれはもう絶望的です。
    • by koufuu (6853) on 2003年07月17日 23時08分 (#361098) ホームページ 日記
      おお、そうそう、そうなんですよ。つか、それを書こうと思って、タイトルではコミュニケーションって言葉を使ってたのに、最後の方では、いつのまにやら、概念の認識範囲の話になってしまって、結局、コミュニケーションとは関係ないところで終わってしまってますな…。ほんと、思考の垂れ流しとしかいいようのない落書きですな…。
      --
      written by こうふう
      親コメント
  • Cを関数型と呼ぶことにかなり抵抗があるのですが…。
    思いっきり手続き型ではないですかね。
    LISPやMLならばともかく。
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