koufuuの日記: 打ち合わせ或いは思考パターン
日記 by
koufuu
先週の打ち合わせの中で漠然と思ったことをメモ。
会議が長々と続くときと言うのは、目的が不明確であるか、参加者の中で統一が図れていないのだろうと思っていた。
が、どうも、それだけではないらしいと思ったのが、先週の会議だ。
まず、今まで思っていた「目的が不明確」というパターンだが、こいつは、そもそも、ゴールが決まっていないので、ゴールにたどり着きようが無いという状態だ。大抵は、時間切れや参加者の集中力が切れることにより散会する。が、訳の分からない定例会議に限ってこのケースだったりするのだ。最初の頃は目的が明確だったのだろうが、徐々に会議をやること自体が目的化して来るというパターンだろう。
で、先週気づいたことを書く前に、思考の仕方について書いておくと、通常、何か物を考えるときは、「発散」と「収束」という2つのフェイズを繰り返すものだと考えている。「発散」とは関連する(あるいは関連すると思われる)事項をひたすら洗い出す作業であり、「収束」とはその事項を整理し体系化していく作業である。( ツール的には、「発散」にはブレーンストーミングなどがあり、「収束」には「 KJ法」などがある。)
で、会議の話題に戻る。何かを決めようとする会議では、発散し収束するという1つのターンが必要だと思うのだ。つまり、テーマに対して考えられること(解決策、課題、制約事項etc)を可能な限り洗い出し、それらを収束させて結論を出すという作業である。(場合によっては、発散の部分は会議の前に済ませておき、会議自体は収束だけを扱うと言うこともあるだろう。)
で、長々と続く会議の特徴として、この2つのフェイズがあることを認識せずに、発散ばかりを続けていけば答えに近づくと思っている人間が入っていると言うことではないかと思ったのだ。つまり、発散している間は、答えにたどり着いていないため、会議は終われないのにもかかわらず、発散し続けるのだ。本人は新しいアイデアを出しているつもりなのかも知れないが、既にでた意見の焼き直しに過ぎなかったりするのだ。もし、本当に新しいアイデアが出すぎて終わらないとすると、問題の設定がまずいか、そもそも、設定した時間が短すぎたと言うことだろう。
会議が長々と続くときと言うのは、目的が不明確であるか、参加者の中で統一が図れていないのだろうと思っていた。
が、どうも、それだけではないらしいと思ったのが、先週の会議だ。
まず、今まで思っていた「目的が不明確」というパターンだが、こいつは、そもそも、ゴールが決まっていないので、ゴールにたどり着きようが無いという状態だ。大抵は、時間切れや参加者の集中力が切れることにより散会する。が、訳の分からない定例会議に限ってこのケースだったりするのだ。最初の頃は目的が明確だったのだろうが、徐々に会議をやること自体が目的化して来るというパターンだろう。
で、先週気づいたことを書く前に、思考の仕方について書いておくと、通常、何か物を考えるときは、「発散」と「収束」という2つのフェイズを繰り返すものだと考えている。「発散」とは関連する(あるいは関連すると思われる)事項をひたすら洗い出す作業であり、「収束」とはその事項を整理し体系化していく作業である。( ツール的には、「発散」にはブレーンストーミングなどがあり、「収束」には「 KJ法」などがある。)
で、会議の話題に戻る。何かを決めようとする会議では、発散し収束するという1つのターンが必要だと思うのだ。つまり、テーマに対して考えられること(解決策、課題、制約事項etc)を可能な限り洗い出し、それらを収束させて結論を出すという作業である。(場合によっては、発散の部分は会議の前に済ませておき、会議自体は収束だけを扱うと言うこともあるだろう。)
で、長々と続く会議の特徴として、この2つのフェイズがあることを認識せずに、発散ばかりを続けていけば答えに近づくと思っている人間が入っていると言うことではないかと思ったのだ。つまり、発散している間は、答えにたどり着いていないため、会議は終われないのにもかかわらず、発散し続けるのだ。本人は新しいアイデアを出しているつもりなのかも知れないが、既にでた意見の焼き直しに過ぎなかったりするのだ。もし、本当に新しいアイデアが出すぎて終わらないとすると、問題の設定がまずいか、そもそも、設定した時間が短すぎたと言うことだろう。
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