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kubotaの日記: 個と公

日記 by kubota

「つくる会」教科書。なぜ、反対意見はほとんど外国からしか聞こえてこないのだろう。ぼくなんか、外国がどう言おうが関係なく、自分自身の意見として、あんな教科書は糞くらえだとおもってるが。

人間は「公」なるものに隷属しなきゃならんという価値観が第一に気に食わん。そういう意味で、歴史教科書より公民教科書のほうがよりダメ度が高い。国家なんぞは、人間がよりよく生きていくための道具に過ぎない。道具のためを思って尽くしたり命をささげたりするようなやつはバカだ。

問題は、バカになったふりをしなきゃ生きていけないような社会がやってくるのをいかにして防ぐかだ。自分がバカなだけならあまり害がないが、ひとにバカであることを強制するようなやつは許せん。しかも、そういう人々がけっこうな勢力となっているのがこわい。

もうひとつ「個」と「公」論で無視されているのは、「公」にもさまざまあるということだ。隣近所、市町村、都道府県、国、アジア、全世界、など地理的にもいろいろあるし、家族や職場のようなグループもありだし、Debian Project とか某吹奏楽団とか、自分が自分の意志で属しているグループなんてのもある。それぞれみんな「個」に対する「公」の性質をちょっとづつ持っているわけだが、その「公」同士の利害が対立することだってある。というか、それはごく当然なことだ。「個」は「公」に尽くすべきだという価値観を持ってくるとき、それはどの「公」のことを意味するのか。というか、じつはかれらはにとって「国家」こそが唯一の「公」であるから、内部に矛盾は抱えていないのであるが、ただ、人々に自分の意見を主張するとき、なぜ国家こそが唯一の「公」なのかということをうまく説明することができないから(ほんとうの理由は、かれらは日本国家のことが好きだとか崇拝している、という、嗜好や宗教にある)、そこはあいまいになっている。日本人なら日本に尽くすのが当然か?じゃあアジア人はアジアに尽くし、男性は男性に尽くし、20代の人々は20代の人々に尽くし、右利きな人々は右利きな人々に尽くし、(以下続く)というのも当然じゃないのか?

靖国だって、「国のために死んだ人々」のことを「国のせいで死んだ人々」と言い換えるのならまあいいだろう。国家によって戦争に狩り出されて挙句の果てに殺されたんだから。ただ、ここで注意点は、狩り出された先は殺人を目的とする行動だ、ということだ。殺人を目的とする行動をやっておいて殺されたんだから、「かわいそうだ」とだけ言うわけにも行くまい。

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目玉の数さえ十分あれば、どんなバグも深刻ではない -- Eric Raymond

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