live-gonの日記: 人はそれを無関心と呼ぶ・コミュニケーション不全・繰り返される正論 - IT観察
都知事選も終わったわけだけど、4月2日の週のランキング一位は「“泡沫候補”浮上させるYouTube 選管も困惑」というものであった。これについてはWeekly Accessの記事でも言及されている。東京都知事選、動画投稿サイトへの投稿が公選法に抵触する恐れと東京都選管委、都知事候補政見放送の映像削除を要請というストーリーがスラドにも出ている。議論もその中で大体出尽くしているみたいだ。話題の外山恒一政見放送へのリンクも張っておくと、東京都知事候補 外山恒一 政権放送[YouTube]がその中心のようである(削除されたものもあるんだろうけど)。さらには、「諸君、この国は最悪だ」――都知事選候補・外山氏が着うたにというニュースもある。
まー、庶民の感覚からいうと「政見放送をいつでも見れるようにすることの何がいけないの?」というところだが、それこそ、多数派にとって都合が悪いってことなんだろう。そんな皮肉めいた言い方をやめるとしても、理由については納得のできるものは出てこなさそうである。携帯でも見れるようにした方がいいんじゃないの?
選挙については、あれこれと話題になる一方で、今まで一度も投票に行ったことがない知り合いもいて――彼は三十代だ――人によってスタンスがバラバラである。あらためて言うことではないが、ネットで話題になっているといってもそれはごく一部であり、選挙や政治が話題になっているといってもやはりそれは一部であることを忘れないようにしないと、視野が狭くなってしまう。
私自身は、政治への無関心はやっぱりよくないんじゃないかなあと思うわけだけど――それこそあらためて言うことではないほどの手垢の付いた正論だが――投票に行かない人や政治に無関心な人に熱く語っても、無関心な人はまさに無関心だから無関心なので、無関心なままである。だからこその無関心だ。人はそれを無関心と呼ぶ。
ネットの話題にしても、政治の話題にしても――もちろん、スポーツや宗教の話題でも――世の中の多数派を占めるのは無関心な人間の層である。それを忘れがちになる。ランキングが一位だとて、それにアクセスした人は全国民の何割なのかというと、なかなか実感が難しい。上に挙げた関連サイトのページのどれかにアクセスした人が、10人中何人だろうか? ネットユーザの視点からだと、半数以上の人が見ているような錯覚になる。以下は私の主観だが、このページを見ているあなたの身の回りの人間関係ならば、10人中1人はアクセスしているような感覚になるかもしれない。だが実際にはまだ足りず、世の中には――日本語のサイトなので日本人に限定したとしても――100人に1人もアクセスしていなくて、1000人に1人(0.1%)という数字さえ、ひょっとしたら怪しいのかもしれない。
物はネットに限らない。ニュースに限らない。話題のものが本当に話題になるのは極めてまれである。当たり前だが、国民の三割も関心を持つ人がいれば、それは最大の関心事と言っていいのである。
繰り返すけど、あらためて言うことではないかもしれない。みんな百も承知のことのような気がする。けどやっぱり、隣人との共通の話題というのは数が少なく、ランダムに選ばれた二人の人間の間には天気以外の話題はほとんど成立しないのが普通であるという事実は、何度でも頭に刻み込んでいいのではないかと思った。
だから出会いは貴重なのだ。
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