パスワードを忘れた? アカウント作成
490908 journal

live-gonの日記: あのね突っ込み・そういえば・広告の話 - IT観察

日記 by live-gon

人に話してもどうにも理解してもらえないことだけど、私はアニメやドラマの「あのね」「あのな」という突っ込みが大嫌いである。大嫌いというと語弊があるが、気になって仕方ないのである。

意味が分からないと思うので三つくらい例を挙げよう。

「野元くん」「委員長、どうした?」「岸原くんたちが最近部活をサボってるの。注意してくれない?」「え? 俺が?」「そうよ。部長でしょ?」「えー、委員長が注意した方がいいんじゃないの? 『岸原くん、部活に出なさい。ひどい目に遭うわよ』とか言えば一発だよ」「どんなことよ」「そりゃあ、横から叩いてペロペロにしたり、上から叩いて身長を半分にしたり……」「あのね」

「さっ、下窪くん、帰るわよ」「あれ? もういいのか?」「これ以上やっても効率上がらないわよ。こういうときは帰って寝る!」「お前がいいならいいけどな」「いいの。どうにもならないときは寝る。もっとどうにもならないときは泣きつく。もっとどうにもならないときはあんたを脅す。あたしが本気出したときはすごいわよー。一日中呪いの言葉を耳元で囁いてやるから。もう私の手伝い以外は何もしたくなくなってくるから」「あのな」

「おばあちゃん、ご飯は食べましたか?」「え? なんじゃー?」「ごはんですよ。ごはん! 食べましたか?」「ごはん? ごはんっていうとあれかい? 白くて茶碗に盛りつける……」「そう、そのご飯ですよ」「食っとらんのう。昼にはスパゲティを食ったからのう」「なにボケてんですか。食べたんならそう言ってくださいよ」「だからご飯は食べとらんちゅうとるじゃろ。スパゲティなぞ年寄りにはありがたくもなんともないわい」「もー、じゃあ昼は食べたんですね?」「おうおう。それで、もたれてしまって昨日の昼から何も食っとらんわい」「あのなー」

これに類似するセリフはアニメやテキスト中心のゲームシナリオなどに散見される。ドラマにも見られる。もう、一見して駄目なセリフである。自分がそう思う理由を二つ挙げよう。

リアルの意味では、そんな突っ込みはありえないということが挙げられる。実際に誰かと会話するときに、突っ込みで、「あのね」「あのな」で語尾を切って試してもらいたい。相手はこちらの続きを待つはずである。シナリオ上で使われるときは、「あのな」まで言うと相手が笑って終わることが大半である。それはつまり「あのな」だけで突っ込みが成立しているということだ。しかし、実際の会話で、「あのな」の語だけで突っ込みを成立させるようなことはほとんどない。まだ、「なんでやねん」のほうがしっくりくる。つまり、その会話が成り立ってしまった瞬間に、フィクションの中のリアリティがスパーンと消滅してしまうのである。端的に言うと、ありえないから白けるのだ。白けるから駄目なのだ。

シナリオを俯瞰するという意味では、そのセリフを書いた人間の「逃げ」のようなものを感じて駄目だ。あのねあのなで突っ込みが終わると、会話はそこで打ち切られる。雰囲気が一つリセットされてしまうのだ。これは会話そのものが不自然だからという理由もあるけど、ライターの方がその不自然さでもって会話を切り上げてしまったようにも受け取れる。ようするに長い会話を書けないライターが、勝負をせずに逃げたように私の目には映る。そうでないとしたら、ライターが――現実の会話ではなく――他の作品のあのねあのなを、深く考えもせずに書いてしまったのかもしれない。どちらにせよ、ライターの下手さが端的に伝わってしまうのである。だから駄目だ。

実際、あのねあのなを使っている作品には、あまりいい作品がない。全くゼロではないけど、それにしたってそれがいい作品なのは、あのねあのなを使っているからではないだろう。

話は変わるが、会話を書いているときにプロのシナリオライターの禁じ手が、「そういえば」だそうである。「っていうか」でもいい。ようするに前後の関係なく話を変えることだ。現実にはよくあることだけど、シナリオとしてそれを書いてしまうと、ライター失格とまで言わないけど、かなり呆れられることになる。役者がうまければそれも自然になるんだけど、シナリオとしてそういうセリフを書いてはいけないそうだ。まあ、なんとなく分かる。

もちろん、プロのライターになれば、「そういえば」を効果的に使うこともできるようになるだろう。ただ、素人が挑発的な意図で「そういえば」を使っても、あまり評価されないらしい。これもなんとなく分かる。素人が定石を逆手に取ると、手に余って崩壊しがちである。定石とその外しはまたほかのところでやるべきなんだろう。映画やドラマ、アニメなどのシナリオを、そういう視点で見るのも面白いかもしれない。

そういえば、「男子は狙うもの トイレに「的」広告」ってことである。フマキラーが、便器に虫のシールを貼って、それを狙わせることで宣伝効果を得ようというものだそうだ。飛散も防いで一石二鳥だという。なるほど。

広告として便器に的を付けるというのはうまいやり方だ。当たり前だけど、というのもいい。これがプリウスの広告だったり、ビリーズブートキャンプの広告だったりしたら、標的にされた時点でアウトである。

そう考えると、広告スペースとしての便器に掲載される内容というのは限定されるような気がする。虫でなければなんだろう? 標的にして問題のないもの……ゴミとか不要品の類か。

「アナログ地上波がなくなります」とアナログテレビを出すのはいいような気がするが、分かりにくい。これが権力とかならいいだろうけど、いくらなんでも北朝鮮の……おっと、げふんげふん。

目につくという点だけを考えて、文字とインパクトに焦点を当てた方がいいかもしれない。ニュースから適当にピックアップしてみる。

年金は、払えません」「俺のズボンは67億」「みんなが愛した坂井泉水は死んだ。なぜだ?」「アレゲはアレゲ以上のなにものでもなさげ

どうだろう?(インパクトを重視したので見出しと内容は一致させていません) こんな見出しを標的に用を足すのもどうかと思うが、まあ、言葉が意識の中に入るだけでも広告の意味はあるだろう。

けど標的は「あのね」「あのな」で。そういえば。

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
typodupeerror

「科学者は100%安全だと保証できないものは動かしてはならない」、科学者「えっ」、プログラマ「えっ」

読み込み中...