live-gonの日記: ライン - IT観察
大輪慎一郎の妻は分かりやすい形で気を違えた。KDDI、HTC製スマートフォン「E30HT」投入──VGAタッチパネルにQWERTYキー搭載というニュースを見ているときに頭痛を訴えて気絶して目を覚ますと、この世界は妄想であり本当の自分は別の世界で気絶しているのだという。
「あなたは私の妄想の産物なのよ。本当はこの世にいないの」
最初は笑ってその話に付き合ったのだが段々うんざりしてきたのでちょっと強い口調で、「そろそろ飽きてきた」と言ったのだけど、そのときの反応が笑顔ではなかったので慎一郎は不安になった。笑えない冗談を言ってしまったのかと思ったのだ。
それから何度か言葉を交わした。慎一郎はあくまで冗談ベースで話しかけた。当たり前だ。お互いに冗談を言っているつもりという前提が通じなかったので、「本当に俺を妄想だと思っているのか?」と口にした。
「だから最初からそう言ってるじゃない」
そうそう。最初から言ってたな。俺が妄想で実は本当の世界は別にあるんだったな。妄想で貧乏な生活しなくてもいいのにな、ホントに。それでいつまでこの話を続けるんだ?
振り出しに戻る。それを何度か繰り返した。中立な立場からその日の決着をまとめるとすると、慎一郎は妻が本物の妄想に取り憑かれているということには気づかないままベッドに入り、妻の方は本当の自分が別の場所にいるということを架空の夫に納得させることができないまま寝ることになった。とりあえず今日はもう寝よう。
翌日になって妻の方から、「落ち着いた? そろそろ理解できた?」と切り出されて慎一郎は深刻になった。
「洋子、疲れているのか?」
洋子は彼をまじまじと見た。その視線に愛情とそれ以外のものを同時に感じ取った。そして慎一郎は自分達の夫婦がこの瞬間の空気を忘れることは二度とないだろうと思った。出会ってから他人と思えなかった彼女を初めて深刻なレベルで他人と認識した瞬間だった。そして彼女もそれを感じていた。それでも彼女は忍耐を発揮した。
「そうじゃないって言ってるでしょう?」
これがラストチャンスだった。慎一郎は理解した。これを冗談にしたら何かが壊れる。壊れて直せなくなる。
口をついた言葉は次のようなものだった。「病院に行こう」
彼女はうなだれる。言葉は出てこなかった。
慎一郎は自分が口にした言葉に驚いていた。自分の言葉を聞くまで、彼は自分が絶対に彼女の味方だと思っていた。
そうではなかった。
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