masakunの日記: 中国が切り札とする「鉄の証拠」って、長らく所在不明になっていた自伝小説の一節
レコードチャイナ:<続報>尖閣諸島は中国領という「鉄の証拠」、1億6千万円で落札
その「鉄の証拠」とは、清代の作家、沈復(シェン・フー)の自伝小説「浮生六記」の第5記「海国記」。「浮生六記」は中国の有名な古典小説「紅楼夢」と並ぶ傑作とされ、「小紅楼夢」とも呼ばれている。その内容は沈復が琉球(沖縄)への使節団に同行した際の記録で、そこには「姑米山(久米島の中国語名)を過ぎて琉球領に入った」との記載があることから、、久米島より中国寄りにある尖閣諸島は当時中国領であったことを示す「鉄の証拠」だと中国側は主張している。
「海国記」は長らく行方知れずとなっていたが、2005年秋に山西省の収集家が南京の骨董市場で清代の作家、銭泳(チエン・ヨン)の手稿「記事珠」を発見。鑑定の結果、内容の一部が第5記「海国記」をそのまま書き写したものであることが判明した。記事によれば、銭泳が「記事珠」を書いたのは1823年で、日本が尖閣諸島を発見した年より61年も早い。
おいおいそんな外交文書でもなんでもない、たかが自伝小説の一説を「鉄の証拠」としたところで、国際法上は通用しないって日本共産党に笑われるよ(笑)。日本の領有は正当/尖閣諸島 問題解決の方向を考える(2010年9月20日(月)「しんぶん赤旗」)では
中国側の領有権主張は70年代から
中国、台湾が尖閣諸島の領有権を主張しはじめたのは1970年代に入ってからです。1969年に公刊された国連アジア極東経済委員会(ECAFE)の報告書で、尖閣諸島周辺の海底に石油・天然ガスが大量に存在する可能性が指摘されたことが背景にあります。台湾が70年に入って尖閣諸島の領有権を主張しはじめ、中国政府も71年12月30日の外交部声明で領有権を主張するにいたりました。
たしかに、尖閣諸島は明代・清代などの中国の文献に記述が見られますが、それは、当時、中国から琉球に向かう航路の目標としてこれらの島が知られていたことを示しているだけであり、中国側の文献にも中国の住民が歴史的に尖閣諸島に居住したことを示す記録はありません。中国が領海法に尖閣諸島を中国領と書き込んだのは92年のことでした。それまでは、中国で発行された地図でも、尖閣諸島は中国側が「領海」とする区域の外に記載されていました。
日本の主張の大義を国際的に明らかに再発防止の交渉を
日本共産党は72年、「尖閣列島問題にかんする日本共産党の見解」(同年3月31日付「赤旗」、『日本共産党国際問題重要論文集9』掲載)を出し、日本の領有権は明確との立場を表明しました。これは、歴史的経過や国際法の研究にもとづき、これらの島とその周辺が日本の領土・領海であると結論したものです。
以前自民党政権が長らく使ってきた二枚舌外交を民主党政権が引き継ぐことができず、今回日本国民に対する説明を中国に対してしたために、中国側が態度を硬化させたというコラムを紹介したが、こんな明確な主張を同じ共産党がしているとはね。今回の「鉄の証拠」とやらも日本共産党の前では一気に錆び付いて色あせることは間違いない。
ただ正論をふりかざしたところで相手をうまく懐柔できるかは別問題だけどね。
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