matlayの日記: 胃ろうの是非 6
日記 by
matlay
最近の高齢者治療の方針で、胃ろうを行わない事に対して、
「意識があるうちに栄養補給が絶たれるかもしれないって恐怖だよね」
とコメントした記憶がある。
実は祖母がそういう状況になってしまい、結局それを見届ける事になってしまった。
胃ろうの実施は検討されたのだが、臓器の位置がよくないため、実施されず、最後は点滴のみとなった。
#無理すればできたのか、できたとしてその無理は意味のある無理なのかわからないが
結局点滴も2週間ぐらいで血管がとれずに無理がきてたのだが、
祖母は最後まで意識があった。ボケてはいたし、口腔が弱くなって声はあまり出なくなっていたのだが。
一時期、危篤状態になった時に、苦しげな祖母に取り乱した叔母が「息して!!息して!!」と取りすがっていたのを見て、
無理やり息をさせられるより、苦しくない安らかなタイミングで息が止まった方が幸せなんじゃないかと思ったのだが、
未だに答えは出ていない。というか、一般的な解を出す問題ではないのだろう。
#話を発展させると安楽死の是非になるわけで
恐怖なんて有るのかな (スコア:2)
既に諦めに入っているハズだから、割とどうでも良いような気がするする。
親父 (スコア:1)
理由づけ (スコア:1)
もし「あと1週間ほどで孫が産まれる」などのイベントがあれば、
胃ろうによる延命の意味もあると思いますよ。
またイベントをこしらえるのもありです。
たとえば遠方の家族を呼び、みんなで患者へ「ありがとう」と言うとか。
患者が故人となってはそんな事に意味がないという考え方もあるでしょうが、
遺された家族にとっては重要な意味があると思うし、それでいいと思います。
〜◍
Re: (スコア:0)
家族としての胃ろう実施の判断を行うよう,数ヶ月前に医師に言われた者です。
そんなに簡単なものではなさそうですよ。
参考: 名古屋市立大学 藤井義敬先生のページより
> 実際は認知症が進んで、嚥下もうまくいかなくなり、家族もそろそろかな、
> と覚悟を決めかかったときに胃瘻が提案され、
> よくわからないので言われるがままに同意して胃瘻が作成されると、
> それから3年とか5年とかの単位で栄養状態もよくなり、
> しかし認知症は進んで家族の介護、 それにともなう苦労、経済的負担が延々と続く、
> といったことがまれならず見られます。
Re:理由づけ (スコア:1)
確かに一週間限定っつーわけにもいかないので、悩ましいところなんです。
#私は判断の当事者ではないのですが
経口からの感染がない状態で安静を保てるなら、延命だけ考えれば相当伸びるような気がします。素人考えですが。
自分で食事を取れるかどうかというのは何かのはずみでできなくなったり、再開してしばらく問題なくなるとかはあるようです。
#祖母は10年前ぐらいにそういう山があり、危なかったらしいのですが、食事が可能になってから結局10年ぐらい延命してます
#存在自体がホラー
ついさっき見た記事 (スコア:0)
医者自身が病気になったら避けたい事例30
http://president.jp/articles/-/15155 [president.jp]
延命治療での苦痛とかは患者になるとしても見守る家族になるとしても知っておきたい。