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mermaidの日記: やっと楽になったね・・・ぱぱ。。 1

日記 by mermaid

もぅ昨日になっちゃったけど。
さっき
6/14、22:02にパパがお空に旅立ちました。
55歳と4ヶ月でした。

今年の3/28にたまたま検診に行ったら肺に腫瘍が見つかって
脳にも転移してるのがわかりました。
今は昔と違って、本人にその場で告知します。
そのままの状態だと脳圧が上がって意識不明になる危険性もあり
急遽そのまま入院になりました。
肺の状態はステージ4。末期でした。

とりあえずは脳の腫瘍を何とかしなければと言う事で
ガンマナイフという手法で脳内の大きながん細胞は治療しました。
でも、小さなものがたくさんたくさん飛散していて、
そっちは放射線と化学療法ということになりました。

近いうちに死ぬのだという恐怖を
背負いながら、それでも、
4/22頃まで病院から仕事に行ってました。
でも、4月末から始まった放射線治療をきっかけに
一気に衰弱して
5月の10日過ぎに一度危篤状態になりました。

その頃になると、あらゆる検査結果が出揃い、
見た目の症状がほとんどないのとは正反対の
内側の悲惨さがわかってきました。
本元の病巣は肺にあったのですが、脳の方が進行が早く、
若さも手伝って、ものすごいスピードで
パパを蝕んでいきました。

5月に見せてもらった検査結果では
全身の骨にもものすごい勢いで転移していました。
背骨も、あばらも、肩も、骨盤も。
普通は白く写るはずの骨が
点描をいっぱい重ねて書いたように
真っ黒でした。
脳の髄膜にもびっしりと転移していました。
骨までびっしりだったなんて
パパにはとてもいえませんでした..

告知されていたために
パパは
両親(祖父母)に会うことすら決心がつかず
もちろん友人にも会えず。
呼ばなくていいのかと聞いても
すごく嫌な顔をして会いたくないって言っていました。
見栄っ張りだったし。
見せれなかったんだと思います>こんな状態
もう後がないのに
どうすればいいんでしょう。

パパの気持ちを待っていたかったけど
癌が待ってくれそうもなく。
半ば強引に友人数名と両親(祖父母)に
会わせる形になりました。

「頑張れよ」

と、言われても、パパに何を頑張れって言うんでしょう。
でも、ほかに言葉なんかないし、お見舞いにきた方は
そうやってパパを励ますしかなかったのも事実でした。

両親(祖父母)に会わせ、二人が帰った直後、
初めて痙攣が起きました。(それもものすごいの)
やっぱり、すごく頭に刺激が行ったんだと思います...
それまでは4人部屋だったけど、個室に移してもらいました。
その日が自分でゴハンを食べたり、トイレに行った最後でした。
その後3日間、いつ痙攣が起きるかわからない恐怖と
そして、ものすごい頭痛との戦いでした。

痙攣止めと普通の痛み止めが効かなくなってきた頃
主治医の先生が別の痛み止めに切り替えました。
モルヒネとは違うんだけど、ドルミカムってお薬を
連続投与する形になりました。
当初から、パパも、家族としても、
法の許す範囲内ぎりぎりまでの一番安らかな方法を
取ってくださいとお願いしてあり、
本人が寝ているときが一番楽だから、痛くないのなら
寝ていたい、と言っていた事もあり
その後は声をかければ起きる程度のレベルで
薬が投与されていきました。

はじめは1mg/1hだった薬も、今週に入ってからは
8mg/1hになっていました。
先週末からタンが出始めて、鼻血も出てしまい、
でも、血小板が減少しているのか、中々血が止まらず
熱が出始めました。

3日前から呼吸が荒くなってきて、ママが
会社の書類を書いて欲しいと主治医の先生に
お願いに行ったところ、
「15日まで・・それは多分無理だよ...」
といわれました。
はっきりいつだ、とはいえないらしいけど>先生の口からは
あぁそうなのか・・・
と思いました。

そして今日の午後に先生から直接電話をもらって
会社からすっとんで病院に行きました。
行ったときは熱が40℃近くあって、呼吸も
すごく荒かったです。。
夜の20時頃に呼吸が弱まってきて
そのころから次第に指先や顔が白くなり始めて
徐々に血圧も下がり始めました。
「呼吸は苦しそうだけど、意識はもうないから大丈夫ですよ・・・」
と、先生に言われ
そうか・・・苦しくないのね、、ぱぱ。。
そう思いながら
いろんなこと考えながら
冷たくなって脈が触れなくなっていく手を握り締めていました。。
22時前になると、呼吸も寝息のように穏やかになって
そのうち
5秒..12秒..19秒..34秒..
と、呼吸の間隔が開いて、呼吸が止まりました。。
その後で看護婦さんを呼んで
4分後くらいに、心臓も停止しました。。
眠るような
安らかな最期でした...

告知を受けてから約2ヵ月半。
長かった..
5月に一度持ち直してからの1ヶ月は
パパも含めてヘビの生殺し状態でした..
でも
たくさん思い出作れたから...
辛かったよね..
苦しかったよね..
怖かったよね..
やっと、楽になれたね...パパ...
ゆっくり、休んでね..
いろんな事終わらないと
悲しんでるヒマもないけど...

抜け殻になっちゃったパパのイレモノを見ながら
あぁ、もうここにはいないんだね...
って思った。
あまりにも早すぎる別れに
しばらくは戸惑うだろうけど
ちゃんと乗り越えるよ。
ママのことも、みんなのことも
心配ないからね。
かわいがって育ててもらって
私は幸せだったょ。ありがとぅ。
おやすみ...パパ..

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アレゲは一日にしてならず -- アレゲ見習い

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