mfukudaの日記: 菅原雅雪『オホーツク物語』と「ちばてつや賞」、ついでに郷田マモラ 1
日記 by
mfukuda
同人誌『漫画の手帖 TOKUMARU17号』19-20ページの「腐海のほとりに佇んで」(藤下真潮)が菅原雅雪回なのだが、そこでちばてつや賞大賞の受賞作『オホーツク物語』に触れていた。その中でwikipediaのエントリのちばてつや大賞に、この作品が載ってないとの記載があり、調べてみた。
日外アソシエーツの『漫画・アニメの賞事典』を確認したところ、wikipediaの誤記を発見。wikipediaの「ちばてつや賞大賞 一般部門」の20~21回は以下のようになっている。
19??年・第20回 ひよこさんチーム! うごのみか
1992年・第21回 阿堂先生走る 藤木真学
正しいリストは以下。
1989年・第15回 ひよこさんチーム! うごのみか
1989年・第16回 レトロ・コージー・コーナー 川渡安子
1990年・第17回 オホーツク物語 菅原雅雪
1990年・第18回 嗚呼!うげげ人生 加藤伸吉
1991年・第19回 ディスコミュニケーション 植芝理一
1991年・第20回 ツレ(他2本) 澤田賢二
1992年・第21回 阿堂先生走る 藤木真学
何が起きたかというと、「ちばてつや賞ヤング部門」が1980年から始まっていて、その第6回(1982年)から「一般部門」が始まっていて、一般部門としての第1回が「第6回ちばてつや賞 一般部門」になっている。そのためwikipediaのリストの第1回~20回のカウントが5回ずれており、その分の受賞作がwikipediaから漏れたようだ。ただちばてつや公式サイトのちばてつや賞(一般部門)の記載もwikipediaと同一なのが気になる。wikipediaから持ってきたのかな?
これで『オホーツク物語』が1990年の第17回大賞受賞作であることが確認できたため、掲載号を探したところ、コミック モーニングの1990年6月21号(1990年No.27)、9(36) (通号 404) 189-218ページに発見し、閲覧できた。長年の懸念が一つ解消できた。めでたい。
で、もう一つ。wikipediaの同じページで「第20回大賞受賞者の"うごのみか"が郷田マモラと同一人物か証拠がない」旨のコメントがあったが、このページで本人のインタビューに別名であることの記載があった。1988年佳作受賞(受賞作は「ファンシーマモラ」)の「上之郷円」も別名とのこと。
日外アソシエーツの『漫画・アニメの賞事典』を確認したところ、wikipediaの誤記を発見。wikipediaの「ちばてつや賞大賞 一般部門」の20~21回は以下のようになっている。
19??年・第20回 ひよこさんチーム! うごのみか
1992年・第21回 阿堂先生走る 藤木真学
正しいリストは以下。
1989年・第15回 ひよこさんチーム! うごのみか
1989年・第16回 レトロ・コージー・コーナー 川渡安子
1990年・第17回 オホーツク物語 菅原雅雪
1990年・第18回 嗚呼!うげげ人生 加藤伸吉
1991年・第19回 ディスコミュニケーション 植芝理一
1991年・第20回 ツレ(他2本) 澤田賢二
1992年・第21回 阿堂先生走る 藤木真学
何が起きたかというと、「ちばてつや賞ヤング部門」が1980年から始まっていて、その第6回(1982年)から「一般部門」が始まっていて、一般部門としての第1回が「第6回ちばてつや賞 一般部門」になっている。そのためwikipediaのリストの第1回~20回のカウントが5回ずれており、その分の受賞作がwikipediaから漏れたようだ。ただちばてつや公式サイトのちばてつや賞(一般部門)の記載もwikipediaと同一なのが気になる。wikipediaから持ってきたのかな?
これで『オホーツク物語』が1990年の第17回大賞受賞作であることが確認できたため、掲載号を探したところ、コミック モーニングの1990年6月21号(1990年No.27)、9(36) (通号 404) 189-218ページに発見し、閲覧できた。長年の懸念が一つ解消できた。めでたい。
で、もう一つ。wikipediaの同じページで「第20回大賞受賞者の"うごのみか"が郷田マモラと同一人物か証拠がない」旨のコメントがあったが、このページで本人のインタビューに別名であることの記載があった。1988年佳作受賞(受賞作は「ファンシーマモラ」)の「上之郷円」も別名とのこと。
なつかしー (スコア:0)
「牛のおっぱい」も「暁星記」も好き。
「暁星記」は連載が長らく中断して、なんとか完結したんだっけ。
amazon見たらダウンロード専用の新刊は出ているのか。見てみよう。