mkrの日記: 今日の古新聞 大正5年あたり話題は登山 1
当時の皇族がやっぱり山に行くのだが、登山黎明期ということで今考えるとそこそこ危ないんじゃないか、というとこに行く。
槍ヶ岳付近。とくごう峠を越えて行ったのかな?帰りはとくごう越えだからたぶんそう?
猟師とかがガイド。
山の中でいろいろな話題に花が咲いた、らしい。同行記者のルポはかなり楽しそう。
食後のひととき、雨の時の火の付け方とか、食料の確保とか、珍談奇談。
で事故遭難も話題に。このあたり、怪談と同じというか、むしろ目がキラキラしてるんじゃないかって書きぶりだ。
まあ現代人はこのあたり(報道する時には)控えるわけですが。
気の毒とは思えどもぶっちゃけ興味本位だ。
「先日の」遭難も話題になってるあたり、大正人は常識がちがいやがる、と思う。
だって、その記事のすぐ隣にその遭難の記事が「遭難者の遺体帰る」って見出しで出てる。
皇太子が楽しく登山の記事のすぐ隣にそれですよ。
で皇太子は食後の話題になされているわけです。
大正人にとっては危険は日常のスパイスくらいでしかないことは古新聞読んでると実感できるのでこれはひどくもなんともないわけですが。記事自体も嫌みや批判ではない。
夜間撮影実験中に大量のマグネシウムと火薬爆発、すぐそばの見物人死傷、責任を問う声なんぞなく終了、
飛行機宙返りに挑戦して大事な飛行機が墜落大破、軍紀違反でそんなことしたヒトオトガメなし、挑戦者だもん。
戦争出兵が話題の時の街の声、「なーに日本軍なら日本兵200人くらい死ぬだけで勝てる、強いからな!(すごく積極的に発言)」(ある意味平和ボケしてない)
etc。
当時の日本人は山で遭難が起ころうがそのタイミングで皇太子が登山に行ってもまるで平気なのだ。
読んでるうちにそっちがまともな様な気がして来た。二つは別個の事象だ。
でも数日に渡り、同じくくりの分野とはいえ、「皇太子登山」と「遭難事故続報」を隣に並べて報道するのは大正人のココロはわからんね。
遭難事故の方は心底悲しんでいるようであり皇太子登山は心底楽しげに報道していて、まるっきり別個なんだよ。
現代人だとなんか関連付けずにはいられないちゅうかなんちゅうか、連日二つ並べておいて紙面ではなんのツッコミもないってとこがむずむずする。あ、皇太子が話題にしてたな。
皇太子様が遭難事故に関心を抱かれたようです (スコア:1)
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# いや、つい…。
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