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日本

mujiの日記: 十六年は一昔

日記 by muji

16年前というと2004年。

……あー、1回目の股五郎んときね!
岡崎出ないと(というか藤川新関出ないと)最初と最後にしか出てこないわるいまたごろうね!orz
あれこそ「夢であったなあ」としたいね!←

無論夢ではない。
あの股五郎があったおかげでその後の股五郎が産まれた、といっても過言ではない。そりゃあ積極的には観たくはなかったけれども。

ともあれ。
まずはご安全に、と鹿。
そしてご武運を

 #そうかー16年前は磯貝初役でもあったのかー観ようと思えば観られた訳だけどそこまで積極的に行ってはなかったからなあ。
 #そして御園座で軍次だった……まこと、十六年は一昔。

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日本

mujiの日記: 国立劇場 十一月歌舞伎公演

日記 by muji

とまあこんな事情で今日から3日間(正確には昨日から4日間だね)は一部のみの興行。
今月のみならず来月の南座顔見世に多大な影響が出るのは必至。早速今日の午前中に二部全日程のチケが大量に戻されたのがそれを物語る。二部だけ1週間休演とかはカンベンしてほしいんだが、とはいえ演目差し替えってこういう事例であったかどうか。先代猿之助が骨折して楽までの数日間演目差し替えってのが確かあったはずだが初日からってのは流石にねぇ…

閑話。
清盛館の清盛って冒頭10分どころか幕が開いてから5分後に出てきて滞在5分。ということは俊寛の支度時間は幕間含む約55分(移動時間含む)ってことか。ふむ。
東屋懐柔役としての中﨟3人(2年前は梅花が上﨟、他2人が中﨟、と、その辺の格付けは上演時によって変わる訳で)、京屋姉妹に緑というある意味異色の組み合わせだが、観ているうちにどことなく緑が京紫に見えてくるというね…(´・ω・`)裏の伝統芸能情報館で研修事業50年ちなみの展示してて、上映映像のうち先代梅花が当時の研修生に稽古をつけているのがあるんだが、今日見てたタイミングでは鏡山の尾上の稽古を2人がつけてもらってて、うち1人が声で京紫と判って(´・ω・`)となるともう1人は春花かなあとも思ったが顔立ちと声がちょいと違ったような。京紫はまず声で、で風貌見たらああ間違いない京紫だよ…と。まさかそんなところで見られるとは。
再度閑話。そこはかとなく京紫に風貌が似ているような緑が清盛館の場にいるのは恐らくはそういうところからなんだろうな、と、ちょっとせつなくなりながら観ていた今月。

鬼界ヶ島では康頼が随分遠慮がなくなって善哉善哉。離岸するときは成経よりも先に手を合わせるし。
で、康頼が手を合わせてて、隣で千鳥ちゃんも感極まった表情をしているときに深々と頭を下げていた成経。それから頭を上げて手を合わせる、と。三者三様の深まり方。
介助士振りも成経からアイコンタクトが飛ぶのが多かったのはまあそれはそれとして、康頼の方が先に動いたときもあったし。まあなかなかね、それを月初から遠慮せずに、って訳にはいかないんだろうけどね。
で、今日は上手前方席だったもんで、今までも注視していた葵太夫の語りにより注目してたというね←「思い切っても凡夫心」の絶唱前に吉右衛門の様子を伺う鋭い眼、そしてその一声で紅潮する顔。そりゃあマスク嫌がる訳だ…そいや一部だけは吉右衛門の見立てでほぼ白(薄ベージュとか)のマスクだったね。二部は他と同じ濃紺の。
今月は幕切れで初世白鸚の教えのように「石」になるかの如く、の吉右衛門だが、むしろ葵太夫が「石」だったね…「幾重の袖や」を語った後、幕が閉まるまで目を伏せたまま。俊寛の心境に寄り添うが如く。
最後の千鳥の合方、ワンフレーズあってから入る波音がこんなにも効果的だったとは、と改めて。

(ひとまず

14993293 journal
日本

mujiの日記: 国立劇場 十一月歌舞伎公演

日記 by muji

今日は二部。というか今日だけ二部←
毛谷村は杉坂墓所から。理屈に合わない箇所が多くて避けてきたという仁左衛門が初めて手がけたのが2011年というからあの震災直前の大阪松竹座昼夜奮闘公演のときだったのか…杉坂墓所どころか普段出さない場面まで全部出したからねえ。しかも夜は三五大切。9年前、60代後半でその奮闘振り、てのを考えるにつけ、歌舞伎はスターシステムで成り立っているとはいえその弊害をつくづく思い知らされる……
てことはさて置きで、恐らく今月歌舞伎座を含めたどの部よりも盛大な拍手で迎えられた六助の出。これだもんなあ。
六助のお人好し感は甲の声で通していることによって表してて、同時に若者であることも表してた訳だが、朴訥というにはスマートすぎるかなw六助はもちっと野暮ったくてもいいとは思うがもうそこは中の人がスマートだから仕方ないwだまされたと知ってからの表情の変わり方も朴訥感からはかけ離れてたがもうそこは中の人がry
長年手がけずにきてただけあって、他の六助とはやり方が違うかな、というところがちょいちょい。おししぱーくぱーく、はいわないのね。お園を上座に据えるときも自分から屋台の下へ降りちゃう。よって空焚きした釜は鉢に突っ込んだまま使わない。最後の出陣で弥三松と一緒に屋台から降りなかったのが意外というか何というか…一緒に降りてきて入れ歯の最後の段を二人でぽん、と飛び降りるのが微笑ましい場、なところを、六助一人で降りてきて一人でぽん、してた。まあ、考えるところあってのことだろうが。なもんで、ぼんにも討たす、討たせましょう、が、弥三松なでなでしながらいってないんで、ちょっと持て余し気味かな、てな。
そうはいいつつ、六助もお園もそりゃもう見事なノリ地で、今月唯一丸本物がっちり観た気分に←
 #あれ、国立一部は???w
六助の若々しさもある意味異常だが←、立ち居でどっこいしょにならずしかも手を付かずに立ち上がる押しかけ母親ことお幸もかなり異常←いやマジで歩き方とかちょっと危なっかしいのに立ち上がるときはゆっくりながらも手を付かないって年齢からしたらすげえよ東蔵……

(ひとまずー

14987575 journal
日本

mujiの日記: 国立劇場 十一月歌舞伎公演

日記 by muji

俊寛は上から観るに限る、で3階席。
仕掛けが判っていてもこの舞台装置を考え出した先人に脱帽。島はあの岩場と僅かな浜辺だけと思わせるくらいの絶望的な光景。
今日は上ってから正面に来るまでしばらく後方で伏せたままだったが青黛足してたかな。あまり判らなかったが。
幕切れの表情は毎回必ず話題になるし今回は何も見ていない見えていないという意見が大半を占めるが、まあこればかりは好みの問題で何を見ていようとどんな表情であろうと誰であろうと「そうじゃない」んでね…
唯一無二なのはみんなそうなんだけど、空前絶後だった梅之助の笑顔。それこそ観ておいてよかったと。

とある若手劇評家が指摘していて、ああやっぱりそうだよね! となったのが「互いに未来で」のあと。
上演台本も、過去上演も、ここは俊寛が「未来で!」の絶唱となる、はずが、今回は船上の3人も声を合わせて「未来で!」と。演出変えた? と今回の上演台本見たら従来通りの俊寛だけの台詞だったから、稽古中にそういう申し合わせになったんだろう。
なるほど、竹本は「互いに未来で」と語っている訳だし、そこで互いに「未来で!」といい交わすのはおかしくはない、が、ここで4人が揃って「未来で!」というのは結構重いかな……ふむ。

未来で、のあと離岸するときにやはり一人手を合わせる成経。
もう相変わらず康頼をリードする介助士振りだし(違)俊寛も帰京できると判って一旦座に戻るときに俊寛の手を取って泣き出さんばかりの表情で俊寛に声掛けてた成経、なんて、2年前の成経なら到底あり得ないwつか康頼ホンット遠慮しないでーw
成経って登場時から台本にない所謂捨て台詞を芝居の流れに合わせて小声でいってて、こういうのは丁寧なのか気持ちが入ってるのかどういうんだろうなあ、てなところで、今日も千鳥ちゃんとの馴れ初めを語り終わって、竹本が「身に染み渡ると語らるゝ」と入ったあたりでかくの次第にござりまするとかいいつつ俊寛に向かってお辞儀してて、なるほどねえと。まあね、誰でもやってることかもしれんけどね←
千鳥ちゃんといえばその福々しさにアザラシ説まで出ていてどうしろと(いやそれは、といえないところが←

(とりあえず?

14987051 journal
日本

mujiの日記: 吉例顔見世大歌舞伎

日記 by muji

ある意味問題←の四部。
いくら何でもこの顔ぶれで「歌舞伎座で」「顔見世」「大歌舞伎」を名乗らせちゃうって、てのは実際観てより強く感じたこと。年齢層は浅草以下だよ実質。
超歌舞伎のご褒美配役ってのは判らなくもないが、舞踊の基礎とか何とかいう以前にまずそもそも身体の使い方動かし方がまるで出来てない。もう途中からは乾いた笑いしか出なかった。凄いよね、公開罰ゲームだよね。
そして制作側がその辺全然判ってなかったらしいってのがもうね。今の経営陣が歌舞伎に愛情持ってないってのが丸判り。
 #制作側の人間が講師務めてる講座で受講生が四部の感想聞かれて感じたままぼろくそに叩いたら他の受講者も同意見で講師が顔色失ってたとかで。
 #そこで顔色失う、ってところが、ぜんっぜん判ってねえなーと。

(とりあえずー

14987047 journal
日本

mujiの日記: 吉例顔見世大歌舞伎

日記 by muji

一部と四部の間に家の用事を挟むのも定番化してきたような。
今日は埼玉県民の日記念フリーきっぷを使いたいがために2度一時帰宅する羽目になったがw
そして四部の帰り道に山城屋の訃報を知る。そいやそうだったね、腰椎骨折とやらで休演して、それからパーキンソン病って、まあ、今更ごたくはいいますまい。合掌。

ということで一部。塵鎮め兼登場人物紹介で時事ネタぶっ込みまくるところはいかにもおもだからしいやね。
いつもの梓弦と今回の宿直噺の舞台面での見た目の違いは気付いたところでは常磐津が上手山台にいなくて下手にいて、上手は田楽返しの仕掛けになってて、あとは欄間抜けがあった程度か。どこまで時節柄の配慮か判らんが、常磐津の山台を仕立てなかったのはあの仕掛けは時期尚早と見送られた可能性も。
そいや地方に傳左衞門がいて、おお国立と掛け持ちなんだー、とか、長唄のタテ里長だよ、とか、ツケが芝田氏じゃん! とか、この面子で何と贅沢な、と思わなくもなく。にんきものはちがうよねー(棒
蜘蛛の糸はそれほどばーばー投げまくってた印象はない。これも時節柄かねえ。
頼光の小忌衣の両肩脱ぎ、プレッツェル(違)外してどこでどうやって固定してるんだ????? と最後まで見きれなかったw丸帯のどこかに固定してるかな。でなければぐずぐずにならずに位置キープしないだろうし。謡はもうちょっとがんばりましょう←

(ひとまずー

14981758 journal
日本

mujiの日記: 吉例顔見世大歌舞伎

日記 by muji

今月は三部が入ってないという話は耳にしていたが、例によって5分前に客席に入って、うわ、となった。
9月の一部といい勝負だ←というか9月より入ってなくね?orz
3B相当席は下手側に3、4人、上手側ゼロ。終演後の規制退場時に端から3A相当の後ろ3列を退場させたのなんて9月でもなかったこと。そりゃあ3Bの4人退場させたら通路から後ろは終わりな訳で、とはいえいやそれはちょっと。
8月以降3階で観るときは定番席があるんだが、ひとつ空けた隣に人がいなかったのも初めてのこと。
役者のせいか演目のせいか。

確かに奥殿だけって話が判らんちう声もよく聞くが、奥殿だけの上演ってのも昨今はなくなったにせよそこそこあった訳で、別段それにどうこうってのはない。
ないが、奥殿と一口にいっても、塀外と奥殿な訳であって、奥殿の前でいきなり鬼次郎とお京が落ち合うっていやそれはちょっと(2回目)。そこまで舞台装置転換したくないのか。国立は盆回しまでやってるちうのに。だったらわざわざ塀外の会話を出す必要なかったんちゃうか。
で、奥殿、常盤のクドキがいつもより多くなかったか? 清盛との同衾は毒蛇の鱗の上で寝るようなもの(超意訳)なんて普段いってたっけ??? 記憶にないんだけどなあ。毎回寝てる訳でもないんだけどなあ←弓柄を取って清盛調伏云々の場面も、弓柄を手にしてから割とすぐに投げつけてた覚えがあったが、今回はそこでもちょい長めの台詞。
うーん、そんなんで時間調整してまで奥殿出したかったのか。いや常盤自体は悪くなかったしむしろ流石の常盤だったし、国立観てきてからだと常盤だっていろいろ大変だったんだよ東屋…とか思うしw
大蔵卿は元々作り阿呆を強調するタイプではないので、はともかく、敬老大蔵卿ではないのは流石のラマンチャ。それでもあの程度の動きで肩で息するのが見えるのは致し方なしか。いやそうはいっても今月観てきた大幹部の中では動きが違うなと。どっこらせよっこらせがないもんね。まあ、長刀持っての動きで一瞬ヒヤリとしたり(危うく前のめりになりそうだった…)、ぶっ返るときの背面段上りで一度腰を下ろしちゃったりで、年齢を感じさせるところはあったにせよ、年代からしたらああは動けないよね普通、と。
勘解由の首を落とした後で、風呂敷状にした素襖の袖をわざわざ広げて客席に見せる、てのがいかにも高麗屋症候群←

それだけ大蔵卿も常盤もいい味出してるというに鬼次郎がなあ。何いってるか判らん。ここまで口跡悪くなるとは。見栄えはいいのにねぇ…

14981275 journal
日本

mujiの日記: 管絃 王朝の遊び(国立劇場小劇場)

日記 by muji

国立劇場第八七回雅楽公演。そうか去年は国立の公演はパスしてたから2年振りだったか。
6月に予定されていたのが中止になったのの振替というか仕切り直しというか、なので、プレイヴェントがついてしまったwが、そこは隣の第一部と丸被りだったし、そもそも6月は演奏だけだったし、なので本編wの演奏のみで。
プレイヴェントで催馬楽と和琴と楽箏の実演もあったとかで、それは聴きたかったなあと。和琴は思ったより音が小さかったから合奏だと楽箏に負けてたしね。

(のちほどー

14981273 journal
日本

mujiの日記: 国立劇場 十一月歌舞伎公演

日記 by muji

今日の国立変則ダブルヘッダーは小劇場がメインなので大劇場は2階席から。
つうても現状での販売形式はフロア毎の料金体系なので従来の1A席に4000円で座れるというね。しかも国立の2階席は肘掛けに幅を持たせて1人あたりの専有面積が元々広い上に最前列の見やすさはお墨付きというね。
あとそうだ、鬼界ヶ島の舞台装置は上から観るに限るね…1階席からだといまひとつ絶海の孤島感が伝わりにくい、のは、舞台面の高さの関係もあるし。

清盛館と銘打っておきながら清盛がいるのは冒頭10分弱。無論次の支度があるからにしても今回の補綴だと単に出てきて東屋に色目使ってむははははと笑っておしまい、なのがねえ。うんまあ動かしようがないってのが次の場でありありと見て取れてしまってそれはそれで辛いんだがorz
3日に観たときに、敬老身替座禅に続いて敬老俊寛かorzと思ってしまったがそれどころではないかも。これまで出来ていた動きにことごとく制限がかかってしまっている。殊にある程度の動きを要求されるところがもうね。舫い綱は最初から手元にあるから追いかけっこしない。岩場を必死で上るときに足を滑らせない。それを演技として観るにはあまりに膝が動かなすぎて。(´・ω・`)

俊寛の動きが演技ではないのを裏付けるのが2人の介助士(激違←
いやでもね、康頼の方が成経よりも年長な訳で(史実だと推定で10歳は上のようだ)、にもかかわらず俊寛の元へ駆け寄るときのアイコンタクトが常時成経から出てる訳で、手助けも成経が率先してしてる感じなんで、ホント康頼ガンガレ超ガンガレ。違和感のない落ち着いた雰囲気は流石はチーム播磨屋なんだけどね。遠慮は無用←
…というか、成経の気の配り方がパネェ(いい方←)んだよなー。一昨年の、俊寛に身体的にも心情的にも寄り添う康頼、というところまでは今回はいってないが、それは千鳥ちゃんの存在があるからであって別段おかしくはないと思われ。なんだけれども、康頼よりも先んじて俊寛の世話に行っちゃうwそんなところに中の人が透けて見えて何ともまあ。今日も3日ほどではなかったにせよ、離岸時に俊寛拝んでたしね…
ああ、そういえば、チヤルカの合掌にも胸打たれてたなあ、なんて思い出したり。「拝む」行為が演技を超えてる感。

(ひとまずー

14977782 journal
日本

mujiの日記: 国立劇場 十一月歌舞伎公演

日記 by muji

康頼差し置いて俊寛の世話する成経。
もうこれは中の人の性格と鹿。康頼がんがれ(そうじゃない←
最後に離岸するとき俊寛に手を合わせる成経なんて記憶にないよ……中の人の心境としてはあの場で自然とああなるんだろうなあ。

この状況下で所謂「ニン」の役が観られるありがたさ。
来月の爺よ、ホゝウ、満足、満足をどう作ってくるか今から楽しみで←ホゝウをいわないやり方もあるし、その辺どうするかな。

(ってそれだけかぃ←

わすれないうちにー:りんぎょぎゃってくれめせとの見事すぎる鼻濁音。千鳥ちゃんよりもしっかり出来てたんじゃないか(えっ)瀬尾に見習わせたいね!←

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UNIXはただ死んだだけでなく、本当にひどい臭いを放ち始めている -- あるソフトウェアエンジニア

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