mujiの日記: 映画で見る「元祿忠臣藏」前篇
今週の時専は忠臣蔵映画祭。
11日と12日は松竹「元祿忠臣藏 前・後篇」。何とタイムリーなw
ということで只今録画再生中。
大筋は原作通りながら松の廊下に何故か綱豊(市川右太衛門)がいたりして。でもって多門が綱豊から労われたりして。労われるといっても直接でなく綱豊付家臣の口から多門に伝えるところは流石溝口健二監督抜かりなし。って、そもそも松の廊下が出ること自体原作通りぢゃないじゃんw
#綱豊は「ぷはっ!」とはいってないよ(爆
内匠頭と片岡源五の別れは舞台演出の方が遙かに劇的。まあその辺は映画だからあんなにくさい芝居(ってw)する必要もなかろうな。その時点では内匠頭に遺言もいわせないし辞世の歌も詠ませない。第二の使者で瀬左衛門に書き取りを読ませるから繰り返しになるしね。
第二の使者で小野寺十内が禁中の話をするときは内蔵助と揃って遙拝しちゃってたよ。時代だなぁ。
しかもその場で内蔵助に仇討ち云々いわせちゃってるし。これもまた時代か。
最後の大評定、片岡源五と磯貝は小姓っぽい俳優を使ってるのが流石だwでも何故か安兵衛が血判に加わるーって叫んだ後「我々も!」と出てくるんだよねぇ。あれ、二人は江戸へ戻った筈なのにwつかちゃんと原作通り磯貝に「江戸表へ急ぐ」といわせてるのに。確かにこの時点で血判状に加わってない二人が討ち入りに参加してるのって考えてみるとちょっと矛盾してるからそれを解消する意味で加わらせたのかな、という希ガス。そう、磯貝が「差し上げかねます」っていうんだよねー。10月は片岡源五にいわせてたけどwww
井関徳兵衛のエピソードは割とさらりと流していた。扮装は舞台とほぼ同じ。紋左は半元服どころか前髪落としてたなぁ。年相応の青年を使ってたんでそんなに違和感はなかった。隼人くんが若過ぎたかな(とかゆ
あー、ちゃんと「公儀の御政道に反抗する気だ」を内蔵助にいわせてたよ。
で、前篇てえからてっきり御浜御殿までかとおもったら伏見橦木町までだったorzしかも今回の通し上演と一緒で、主税が安兵衛達に「うちの親父は~(涙」とぐちるシーンは丸々カット。うーむ、そんなにやらせたくない場面か? それに伏見橦木町というよりは山科閑居だったし。所々仮名手本が混ざってる感もあったなぁ。まあ、映画だし(こればっかw
さて市川右太衛門はどんな綱豊卿を見せてくれるのか。
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