mujiの日記: これは洛外に住居致す者でござる
あとでいいやエントリ(ちょw)のひとつ、山蔭右京の件。
松羽目物で狂言(能・狂言の狂言である。為念)からきている演目だと、太郎冠者がシテなのが多かったりする。狂言自体太郎冠者なくしては語れないようなもんだしね。素襖落(素袍落)然り、釣女(釣針)然り。ちょっと捻って次郎冠者がシテなのが高坏(同工異曲が末広かり、ただし末広かりは果報者がシテ)や棒しばり(棒縛)。高坏も初演からしばらくは太郎冠者がゲタップ踏んでたようだし。
で、身替座禅(花子)。シテは花子だと「男」。吉田少将某。
花子自体は極重習でなかなかお目にかかれない狂言になってしまっているが(といいつつ先月横浜で花子やったみたいだねぇ…知ってりゃ行ったのにorz)、無論シテが一人で30分近く謡いつつ舞わないとならない、しかものろけないとならない、気力体力演技力全てが必要な狂言だから極重習なんだ、てことなんだけど、いや実は裏には「男」のことがあるから滅多に上演出来ない、てえ話もある。自分で文献を当たった訳じゃないからあくまで聞き書き孫引きレヴェルだが、「男」のモデルはとあるやんごとなきお方で、恐れ多くてそう簡単には上演出来ない、てな話。
それを裏付けるのが冒頭の名乗り、
「これは洛外に住居致す者でござる」
というところ。
通常、登場人物が名乗るときは「これはこの辺りに住居致す者でござる」と地名の特定がないものになるが、わざわざ「洛外」といっているのが、聞く人が聞けば「男」のモデルが判る、んだそうな。だから山の神には頭が上がらない、て話にまでなるらしい。
ま、あくまで推測の域を出ない話として捉えておくのが無難だろうが(だってそもそも吉田家絡みの話だからねぇ)、歌舞伎においては山蔭右京という役名をもらった「男」、実はやんごとなきあのお方だった、と思いながら観るのもまた一興。
#謡いっ放し舞いっ放しと踊りっ放しとどっちがきついかな、と思いながら観るのも(ちょw
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