mujiの日記: 六月大歌舞伎
初日以来の磯貝充。
って他の演目はどうしたw幕見じゃないんだしw
#最初の踊りは結局レヴューと化してるし実盛物語は安定感抜群すぎて安心して寝られるし(ちょw
#そいや今日の席、隣がお祭りの20分弱だけ来ていた。3階席じゃなくてそれやるってな肝座ってるなw
今回の大石最後、客電ずっと落としっ放しで、いつもこうだったっけ? とちょっと首を傾げてるんだが。ただでさえ昼食幕間後の寝落ちタイムなのに客電落ちてたら大半は夢の世界へ誘い込まれるだろうに。ああ、もしかして、寝落ちしてる客を見たくなかったとか?(違w
磯貝はもとより、今回何が素敵かといって大石のとても控えめな語り口。「日本晴れの心地」と「初一念が届きました」で張りまくるのはそれまで控えに控えてた分まあ仕方ないかなーてな(ぉ)。その、控えめな語り口が、今月体調不良なんじゃないかと各地で懸念されている一因でもあろうが、夜の部の素襖落で汗だくになるのは毎度のことだし、控えめでも声に一本芯は通ってるし(だから声は通る。何いってるか判らないって人があまりにも多いんだがw観始めた頃から概ね聴き取れていた身としてはそれがいまいちぴんとこないのだよ…w)、大星でなく大石としての描き方に一役買っているんだろうなーと。
控えめといえば堀内伝右が初日よりは大分控えめになっていた感が。幕切れでおみのを抱きかかえたまま大石を見送る仕方が大仰でなくなっていた。まだ少し泣きすぎかなあという気もしないでもないが、もうあとは好みの差かと。
今回、改めて、大石は少なくとも浪士達のことについては全て飲み込んでいて、といって無駄な口出しはしないで見守っていたんだな、ということが見えたような。高麗屋ならではの求心力の強さがそれをより鮮明に見せたんだと思う。国立での三人吉三における和尚のときのように、全てが大石に収斂されていくような。
勿論、和尚と違うのは、そこにおみのという異分子が飛び込んできたこと。そろそろ御沙汰が下ろうかという日に引っかき回しに来て挙げ句自分から退場してったんだから(そこまでいわんでもw)迷惑千万という他ないんだが、大石自身ふっと揺らぎかけていたような「初一念」を改めて認識させていったという点だけは評価出来るのかな。嗚呼、おみのに対して何たる暴言www
つかねー、事ある毎に横座りして胸押さえるのやめてくんないかなあ。判りやすくしてるんじゃなくて単になよなよしすぎててげんなり。女と看過されたときと、琴の爪のくだりのときとで、同じリアクションしないでほしいよなー。あと、これは前回の国立播磨屋の時に始めちゃったのが今回も踏襲されちゃってやなんだが、偽りを誠に返すと力説するあたりで大石にしがみつく動き。そこまでやる必要全然ないと思うんだが。いくらいまどきのご見物に判りやすくったってやりすぎなのもいかがなものかと。そこまでやるんならおみのどのぉぉぉ!でがしぃぃぃぃぃ! も復活させてもらいたいんですが。
#芝雀がこのときは高麗屋が今のご見物に判りやすくってんでやったけど次はどうなるか判らない、旨を以前トークでしたとか。
#ああ、そいや、国立40周年記念のときは、高麗屋なのに芝雀と信二郎だったんだねえ…座組に縛りがなかったというか。
今回は婿に相違ござらぬのあとで互いに手をさしのべかけて、そこで御上使の触れ声が入ってはっと離れるやり方。ここの触れ声もそうだし、最後の場面で「おしまいなされた」「おいでなされ」を入れてきたり、今回は声の演出が効果的。「おしまいなされた」「おいでなされ」は映画の演出だよなあ。
声といえば、元禄忠臣蔵は新歌舞伎なので基本下座は入らないが(いまわの際のおみのに頬をすり寄せかける磯貝を引き離すかのような時の太鼓は入ったりするが)、詰番詰所の場で堀内伝右が大石にこれまでのいきさつを語るあたり、しばらく上手から尺八が聞こえる。
もう、今更気が付いてアレなんだが、磯貝を暗示してるんだろうねここの尺八の音。おみのが答えいってる訳だし「合奏(つれぶき)に一節切をあそばされました」って。尺八のルーツともいわれる一節切だし、ここで下座音楽の代わりに尺八が入っているということは三人の会話に磯貝も加わっていた、と。何とも心憎い……
#で、今回ここで大石が声に出して「それだ!」っていっちゃってるのはいただけない。
#原作の括弧書きには(思わず声に出して叫ばぬばかりに、膝を叩き)ってあるんだから、ここは書いてあってもいっちゃならんでしょ…
#播磨屋は表情だけで膝叩いてたし、本来はそのやり方じゃないのかな。
そいや今日から舞台写真が出ていたが、磯貝、何か老けて見えるのばかりセレクトされていて(´・ω・`)
そりゃ初役から10年経ってりゃ流石に見た目にも響いてくるだろうけど、舞台で動いているのを観ている分には老けたどころか取り立てて若作りにしてきていなくても十二分に25歳の磯貝に見えるから役者というのは空恐ろしい。今回特に印象的なのが、声をそれほど作ってきていないこと。前回はもう少し高めのトーンだったはず。出しやすい範囲での高さで、かつこれまでよりも更に25歳の磯貝を造形してきている、それが「藝」ってものなのかな。
今後、俺の目の黒いうちは譲らないぞくらいのつもりで、それが大袈裟だとしても少なくとも還暦磯貝は魅せてほしい。錦之助なら出来る。断言。
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以下おぼえとしての磯貝メモ:
- 幕開きは座敷での花生け。高麗屋のときは原作通りの縁側花生けだったのに。一枝実際に鋏を入れている。
- 懐手は前回同様表からの突っ込み。
- 呼び戻されたときに詰所座敷そばまで駆け寄って座に直る。前回は最初いた廊下の角柱前のまま。これは主役の配慮と思われ。
- 平伏から少し姿勢を起こしたままで大石の言葉を聴いているので自己否定のタイミングがやや難しそう。
- 老婆親切のときは前回は握り締めたんだったかな。そこを敢えて握り締めず上からそっと手を置く、そして次第に押さえつけるようにして力がこもる。初日観て目頭が熱くなった場面。
- 平伏といえば以前は腰高にならずに出来てた訳なんだが…確かに腰高にしないと腰に負担がかかるだろうし、背筋を綺麗に見せるには若干腰を上げて平伏した方がいいのかもしれず。
- 白装束になったのを観ていて、あれ、初日は確か鬘のシケがなかったはずだが…と思ったら舞台写真にもシケがなかった。やっぱり。身だしなみを整えるという意味ではシケがない方がより整っている気もしないでもないしその意味もあって今回シケなくしたのかな、と思いきやの復活。どういう心境の変化かw
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