mujiの日記: 歌舞伎座百三十年 四月大歌舞伎
昼の部よやくー
勝先生。
うん、先週よりはよかった。
ただねえいっても詮無いことなんだけどねえそれは松緑にもいえることなんだけどねえネット上で散見されるようになったから気になるんだけどねえ、
「大きさ」をこの面子に求められてもね。
それこそ約20年前の高麗屋と成田屋と比べられてもそりゃ無理でしょうと。
確かに当時の高麗屋と今の錦之助ってほぼ同年代だけど、そう考えると芸風の違いがありありだし。成田屋はオンリーワンだし。
それに、4番を打つべく育てられてきたのと、4番も打てる6番じゃあ、自ずと立ち位置が変わってくる訳だし。
ただ、「大きさ」云々より芝居全体の緊迫感の薄さは気になるところ。歌舞伎座の空間が広すぎるせい、とはしたくないなぁ。
でもって勝元公の横顔は何でそんなに美しいんですか←
心持ち泣き上げのタイミングが早くなっていたような。嗚呼富樫観たい…(結局そこか←
あ、泣き上げで思い出した、わすれないうちに勝先生の涙。
西郷どんの述懐に目を潤ませるのは毎度のことで、そこで涙を押さえるときに本気で押さえてるかはその日次第だろうが、今日は聴いている時点で右目からほろり、と。押さえる仕草の時間が少々かかったのは気のせいではないだろう。そして再度向き直ったときには今日も胸元に涙の跡が。あのあたり、西郷どんと自分と同じ結論に至っていたと判っての、それでなお自分に救われたと礼をいう西郷どんに対しての涙なんだろうなあ。
その、同じ結論だと判る内容はお濠端で鉄舟相手に語っている訳だが、そこが勝先生らしくというか真山青果らしく小難しい理屈を並び立てているところなんで、中日の今日でもどうもいまひとつ勝先生の中の人が消化不良っぽい。そういう台詞が粒立てて聞こえてこないところが弱いんだろうな。敗北者の冷笑とか、今日はまだマシだったけど先週なんてホント台詞理解していってないっしょって感じだったし←早口にならなくてもいいからしっかり聴かせてもらえれば。
弱いな、と思ったもうひとつが、その辺の一連の台詞で情景がまるで浮かんでこないこと。西郷どんが御殿山から江戸市中を見下ろしたときの衝撃を語るときは眼下に広がる江戸の町が見えるようなのに、勝先生が江戸の町を指さして語るくだりは単にどこかを指さして語ってるだけ? と見える。うむ、やはり、中の人が消化不良なんだろうなぁ…
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