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日本

mujiの日記: 四月大歌舞伎

日記 by muji

二部。
前半早回しすぎ。
補綴と演出が入った訳だけどこのご時世だからとて序幕一場と二場一緒くたにせんでも。
tk仁兵衛が斬られて嫌が応にも緊迫感高まる仁兵衛宅の中での清五郎とお八重の描写があるからこそその後の展開が活きてくるというに。
まあね確かにその一場を除いて全ての場に佐吉が出てる訳でどう転んでも佐吉役者が(大変だけど)目立つようにできてる芝居とはいえ今回の補綴じゃあ何のために清五郎が成川に突っ込んでったんだか全然見えない。本所清水町に居所を移した仁兵衛宅にようやく甲州から戻ってきた佐吉と出迎えたお八重が清五郎の人柄を偲んで話す内容が浮いちゃう。何でそこまで清五郎慕われてたん? てな。
それを出番5分あるかないかで見せないとならんからあの場だけは清五郎役者に持たせてるんじゃないかと。今回の補綴だと茶屋の前でいろいろ詰め込みすぎてるから印象が散漫だし結局筋追いだけになっちゃった感もあるし。
あと大詰。最後に子役におとっちゃーんいわせるあざとさ以上に、子役にずーっと泣き顔させてたり、佐吉が花道に差し掛かったところで辰五郎と2人で土手から駆け下りてきちゃったりで、いや何でそこまでさせる??? てな。狙いすぎは却って醒める。
佐吉はちょうどいい風情だとは思う。自分は三下奴が性に合う、というのがしっくりくる。ただ何分にも台詞回しが明瞭でないのがねー。早口でも喉声でもそこはどうにかすればどうにかなるんちゃうかね。ヴェテラン勢がさして声を張ってなくてもきちんと伝わる台詞回しだっただけに、殊に佐吉と辰五郎がちょっとねー、てな。
ときに恐らくは今までもそういう調度だったんだろうが、両国橋の佐吉の家の場で花瓶に桜が生けてあって、その上にかけられた色紙に書かれた歌が「敷島の大和心を人問はば朝日ににほふ山桜花」。大詰の向島で相政が佐吉を見送るときの台詞の中にも一節が出てきたが、まあつまりは佐吉の象徴でもあるんだろうな、と。

時鳥花有里出すくらいなら荒川の佐吉端折らないで出してくれても、とも思わんでもないが、要は出演者を捌くためですねわk
義経と鷲尾三郎が最後に出立するときに鳥笛。一応若干ながら高低もつけて何とかテッペンカケタカに聞こえてたw艪清の夢んときはひどかったからねー←

(ひとまずー

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