mujiの日記: 六月大歌舞伎
二部の客層が明らかに義高ロス勢が増えていてほえーとなるなど。
旧知の元知人も義高ロスで調べてたら今月歌舞伎座出てると知ってチケ取って観にいったってインスタに上げてたし。
そうなんだよねー、元々何かを観に行く習慣がある人はきっかけがあれば行くんだよねー。元知人も他ジャンルは精力的に観に行ってたりするから、そこにアクセントとして歌舞伎が加わっただけのことで。
だからといって次回染五郎が出る芝居を観に来るか、というと、今回信康を観に来た大半の観客同様、そうはならないんだろうなー。や、ほとんどの客層がそういう観方だと思うよ。年に1、2回、他のたのしみも含めた中のひとつとして、染五郎が主役もしくは準主役なら観に来る、てな。
そこはいくら会社側が営業努力しようと(してるとは思えんけど)残念ながらコアファンはこのご時世ではもう望み薄なんだろうなあと。8月のYJKTとてほぼ内輪ウケだから染五郞の名前があるとて義高ロス勢向けではないからなぁ。
閑話。
そりゃこの時期このタイミングにしかできない芝居といえば聞こえはいい、が、声変わりもまだ完全に済んだとはいえない浅い声を延々聞かされるのもなかなかの修行でしたな。
「できないできないでやらせないといつまでたってもできない」んだろうけど、いくら後ろ盾が盤石だからとて、このご時世だからとて、今ここで? 感はどうしてもなー。
何だかんだでやっぱり白鸚が全部持ってくんだもん。
そこで錦之助はともかく←がんじろはんが持ってかれるのはどげんかせんといかんのだろうが持ってかれちゃうんだからもうね。いうても詮ないことながらこの世代の看板役者になるべき存在が早々に退場しちゃったのがホントにね。
看板役者どころか、この世代以下で今後重要無形文化財各個認定になる役者いねーんじゃね? 歌舞伎マジオワコンじゃね? と、この1週間で同年同月同日生まれの2人が相次いで 逝去したのを受けて背筋が寒くなるなど。や、足かけ1年ちょいで人間国宝3人いなくなった訳で、といっても脇役枠を作った感もあっての3人だったけど、とはいえでは立役1枠脇役1枠(2枠はどうかなー)、60代以上から、と範囲を広げる必要がないくらい、70代以上からでないと候補が見当たらないのがねー。まあそもそも山城屋枠からして埋まってない訳だが。
そりゃあ過去も15年近く各個認定がなかったときもあったようだが今とは事情が違うからね……
再度閑話。持ってかれちゃうがんじろはん、ひとりだけ月代青々してたのは何だかなー。書きもので衣装もそれなりに時代に合わせた意匠ってことは登場人物の年代も史実に沿ってて何の問題もない訳で、実際がんじろはん以外の家臣は軒並みくすんだ色目の月代にしてたんだし。
てなところで主な役どころの生年をざっくり。
- 酒井忠次(錦吾):1527年
- 本多重次(高麗蔵):1529年
- 大久保忠世(友右衛門):1532年
- 大久保忠佐(坂東亀蔵):1537年
- 平岩親吉(錦之助):1542年
- 服部正成(幸右衛門):1542年
- 徳川家康(白鸚):1543年(天文11年表記であれば家康と親吉は同年生まれ)
- 松平康忠(鴈治郎):1546年
- 榊原康政(高麗五郎):1548年
- 大久保忠泰(廣太郎):1553年
- 奥平信昌(橘三郎):1555年
- 徳川信康(染五郎):1559年
- 大久保忠教(宗之助):1560年
……って、あれっ、彦左って信康より年下なん!?!?!? tk長兄の嫡男より年下だったんだ彦左! それでタライに乗ってご意見しちゃうんだ!?!?!?(違←)まーこういうところの配役は芝居のウソだわなー。
それにしたって家康がくすんだ色目にしてきてる以上、年齢差がそれほどない康忠も同じような色目で揃えてもよかろうにねぇ。そいやこの2人が今日は揃って台詞とっ散らかってて前楽ともなるとこれだからry状態。康忠は自分のことをいうのに「こののぶやすが」ってあれ? だったし、家康は小平太(康政)を信康蟄居の付き添いに送り出すときに「九八郎!」って呼びかけてるし。そこで「ハァー」と何事もなく返答する高麗五郎が流石でござったな。
#第二場で親吉が築山殿始末の件を信康に告げるときに何か噛んでたような気がしたのは気のせいということにしておくよ!←
親吉といえばもうね、「若!」の呼びかけがその場の流れで全部違っててね……大きゅうなられたのは若だけじゃないよね…(いやそれは
勢獅子。
梅玉は三日御定法プラス休演日で復帰した、んだが、ふむ、腰痛めたっぽいね? 初旬に観たときに振りが随分ゆるゆるだなーとは思ってたけど、のっぴきならなくなって休んだかな。何だかんだで後期高齢者なんだし、いくら今までが公務員←だったとて無理が利かない年代なんだからくれぐれもお大事に、だねぇ。
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