nabetaの日記: 問題文と答え 3
日記 by
nabeta
問題文に対して答えを正しく導き出す(だけ)の訓練を長年してきたものには
関心がその演繹の技術だけに集中して、問題文に対する疑問に翻ることは
ないらしい、という観察的な感想をこの頃思うようになる
探偵小説だって、登場人物が虚偽のモノローグをしたり、主人公や、探偵が
思い違いをすることにより読者を振り回すことがあるけれども、昔の探偵小説
は単純だったのかもしれない、とにかく、うちの後期高齢者はうるさい
「テレビで《これこれこういう》ことを報道していた
そんなのもは《こう》に決まっている」
(※《…》の部分にはその時節に適当な出来事が入るがパターンは同じ)
テレビ作っている連中だって馬鹿じゃないのだから、輿論を誘導するのに直接
そのものずばりを伝えてくるはずがないと、思わないのだろうか
問題だけを提示して視聴者が的確に問題の答えを探し出したとき、視聴者は
その答えを見つけたことが自分の手柄に思えて周囲に吹聴してまわる、でも、
問題が問題設定者により間違った答えを演繹するように作成されている場合
には全然注意を向けようとしない(これも戦後詰込み教育の弊害に違いない)
そもそも今日は何月の何日かも忘れるような年寄りに日本の国家的な問題の
解決方法なんか求めるやつはいないのだ、とにかく、うるせー
テレビの話なんかしないでほしい
それは、人間が本来持つバイアス (スコア:1)
有名な心理トラップとして、「女の子をデートに誘うときの方法」というのがあります。
「ねぇ、今度の日曜日、映画を見に行くのと、ドライブに行くのと、どっちがいい?」
# もちろん、これをこのまま第一声として使って引っかかる娘はいませんが。
しかし、もっと巧妙に文脈の中に埋め込むと、この質問の大前提
『今度の日曜日に、二人でどこかに行く』
についての判断をまだしていない事を、人間は失念するのです。
fjの教祖様
同意 (スコア:0)
>テレビ作っている連中だって馬鹿じゃない
>に対する疑問に翻ることはないらしい
という観察的な感想を思うようになった。
「戦後詰込み教育の弊害」 (スコア:0)
「ゆとり教育」では一部改善していたりする部分ですなw