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nakka-manの日記: 「幸せの尺度」研究会が提言へ 5

日記 by nakka-man
「幸せ」尺度、開発本格化=研究会が提言へ-政府(時事コム)がYahooニュースなどで取り上げられ、内閣府の資料を読んでいない人が「幸福度を測れるわけ無いだろう」とか「国が幸福感を誘導するのでは」のような事を言っている模様。

内閣府の資料にもあるようにすでに世界でいろいろな幸福度に関するアンケートがおこなわれていますが、重要なのは、どの資料も一様に「お金と幸福関はほぼ無関係」ということを示している所です。
幸福になるためにはお金が必要と考えている内は、おそらく人間は幸福になれないでしょう。
これまでの政策はお金のことばかり考えてましたが、将来はそこから脱却する必要があると思ってます。そのための一歩として、内閣府が幸福度の尺度を持ち出すのは正しい判断だと思います。
この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
  • by WindVoice (14680) on 2010年12月23日 23時39分 (#1878857) 日記

    金だけでは幸福は計れない。まったくゼロだと生きていけないけど。幸福度を計るときには「私用のための休暇の取りやすさ」「趣味があるか、打ち込めるか」「家族や友人に恵まれているか」なども重要だと思いますね。あとは何があるかなぁ……

    --
    人生は七転び八起き、一日は早寝早起き
    • 確かに最低限のお金が無いと、幸福感は一挙に薄れますよね。
      しかしおそらく、そのことを承知の上で別の視点から幸福を考える必要があるように思います。

      お金で幸福が得られにくいのは、経済が「ほぼゼロサムゲーム [wikipedia.org]」に陥りつつある [kotobank.jp]からでしょう。
      誰かが金持ちになると、目に見えない所で貧乏人が増えていたりします。
      だから幸福の指標は個人単位で計る物でなく、グローバルな全体和で見る必要があると考えます。
      具体的には、健康や教育、愛情、生き甲斐などの非ゼロサム [wikipedia.org]なものを指標にすべきでしょう。
      WindVoiceさんの考える幸福で方向性は合っていると思います。

      親コメント
  • 確かにある生活水準を超えると幸福度とお金は比例しなくなります。
    そういう研究もありましたし、
    私も給与が下がって日常生活にちょくちょく窮するようになって実感しました。

    私の場合、残業代よりも仕事の内容や意義、達成感が大きく
    口では「時間外に働いててもギャラは同じw」といってても完全にジョークでした。
    不満がある場合のグチも「こんなクダラナイ/不毛な仕事させるな!」と口にすることが多かったです。

    しかし、昨年来の25%減収(仕事内容は以前から継続)以降、
    残業時(定額なので残業しても手当てがないのは変わっていない)に
    晩飯のコンビニ弁当の購入にすら困るようなことが
    ちょくちょく発生するようになると本気で落ち込んだり腹が立つようになってきます。
    そして不満を感じた時のグチも「こんな仕事振られるなら、それなりに給料もらわないとやってらんないよ!」に変わりました。

    「予算が足りなくなったら神戸君の給与を削ってダイエットしてもらうかw」というジョークで
    以前は苦笑いできましたが、今は本気でカッとなってしまい笑う余裕はなくなりました。

    #知り合いには「貧乏慣れしてない。ムダな支出が多いよ。」と笑われましたけどね。

  • <スケールの違う話なので記事は分けました。>

    問題は、社会的に問題となるレベルで過剰にお金をため込む人や企業は
    別に幸福になるためにお金を集めているわけではないこと。
    貯めこめる余裕のある人(恐らく私企業も)に関しては、
    幸福のためにお金貯めこむわけじゃなくて将来への不安・恐怖が
    お金(流動性の高い資産)を貯めこませる側面がある。

    よって「幸福度」を研究しても
    ため込む余裕があってせっせと貯め込む人々を直接説得によって止めることはできない。
    それを止められるのは法と社会制度による強制だけだろう。
    なので税金で毟って公共事業(もちろん箱や道路を作るだけが公共事業ではない、
    病院や学校等の公的サービスや基礎的分野の研究開発も公共事業。)することが必要。

    一方、ため込む余裕のない生活がひっ迫している人では幸福度とお金は密接な関係がある。
    いくら関係ないと言ったって衣食住に事欠く状況では幸せは難しい。
    お金は幸せの十分条件ではないが必要条件ではある。

    とはいえ幸福度の研究に意味がないわけではない。
    例えば累進税率や失業者への給付制度など所得の再配分の仕組みを設計するのには、
    人々がどのラインでどの程度、金銭からそれ以外の目標へと軸足を移すかを知ることは役立つだろう。

    • by Anonymous Coward
      生活の困窮からの脱出はここでいう「幸福」とは違うってことですよね。レイヤーが違うというか。
      「仕事があるだけ幸せだ」「食えるだけで幸せだ」「生きているだけで幸せだ」みたいな幸せは、「幸福」ではない。
      「幸福」とは、「より幸福」な状態を目指せる状態と言えるのかも。
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UNIXはただ死んだだけでなく、本当にひどい臭いを放ち始めている -- あるソフトウェアエンジニア

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