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nameforslashdotの日記: 『エリート製造工場』

日記 by nameforslashdot

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  ボストン読本 <184号>                    

                              井筒 周
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                                                ●ごあいさつ●

 ええ、長いあいだのご無沙汰でした。みなさまには、いかがお過ごしでした
でしょうか。こちらでは、いよいよ町も人も夏休み気分がやっと抜けようとし
ております。『ボストン読本』も、ぼちぼち再開ということになります。

 「三か月も休んだんやから、充電してるはずや。秋からはさぞ、ええもんを
書くんやろな」と期待しておられる読者が多いかもしれませんが、じつは、そ
んなことはないんで。三か月もお休みをいただきますと、さて、『ボストン読本』
とは、どんなことをどんな文体で書くものやったか、すっかり忘れてしまいま
す。

 そこで、調子をとりもどすために、前に自分が書いたものを読んでみますと、
これが、なかなか面白い。いいことが書いてあるな、などと自分で自分に感心
して、バックナンバーを何本も続けて読んだりして・・・、アホですな。

  桂枝雀師匠は、ご自分の落語のテープを聴いては、大笑いしてはったそうで。
「やっぱり、自分の落語は、笑いのセンスが自分とよう合う」て、・・・。そら、
そうですけどねえ。

 しかし、これから、週に一本のペースで書けるやろかという、不安がまたひ
しひしと迫ってくる今日このごろでもあります。ええ、前口上はこのへんにし
まして、とりあえず、始めて見たいと思います。

            ■エリート製造工場■

 八月末のこと。私、妻、息子の三人は、愛車スバルの荷台いっぱいに荷物を
積んで、さらに車の後ろに自転車をしばりつけて、ボストンから約400km南に
あるフィラデルフィアに向けて出発した。夜逃げではない。18歳の息子が、ペ
ンシルベニア大学というところに入ったので、息子の引越しの道具を運んでい
るのである。

 家から大学に通う人は、アメリカではほとんどいない。寮か下宿である。大
学を卒業して就職するとアパートを借りたりするので、アメリカでは、子供は
いったん大学に行ってしまえば、これから先、一生、親の家に住む事はないと
いうのが原則だ。いつまでたっても親の家に住んでいると、ルーザー(敗者)
と言われてバカにされる。(もっとも、最近は、家や家賃が高くなっているので、
卒業したあと親元に居候する人が増えているそうだ)

 子供がみんな家から出て行って親だけになった家のことを、小鳥が飛び立っ
てしまって親鳥だけになった鳥の巣に例えて、「エンプティー・ネスト」(空の
巣)と言う。だから、そういう親は「エンプティ・ネスター」という。子供の
ほうとしても、大学に行くまでは「ボクの家」だったのが、とたんに「両親の
家」になってしまうわけだ。

 などと、長たらしく説明をしているうちに、車は、はやフィラデルフィアに
到着した。

 大学付近はどこもかしこも、我々同様、車に荷物を詰め込んだ親子連れでい
っぱいだ。今日から二日間が新入生の引越しの日だと定められている。学生の
ボランティアが引越しを手伝っている。

 息子が入る寮を外から見ると、なんだか古臭い煉瓦造りの建物だ。ところが、
入ってみて驚いた。中は、ピカピカのモダン建築なのだ。どうやら、古い建物
の中をくりぬいて新しく立て直した、というか、新しい建物に古い建物の外側
をぺたぺた貼り付けたというか、そんな塩梅だ。

 建物の中心部分は広場になっていて、屋根の高さまで数階分が吹き抜けだ。
寮の部屋があるのは建物の外壁に面した部分だけ。どの部屋にも窓があるよう
にという配慮なのだろう。しかし、ざっと見たところ、建物の容積の約7割は
吹き抜け、つまり、無駄な空間だ。こんなことなら、古い建物は取り崩して、
ビジネスホテル風の細長いビルを数棟ほど建てたほうが、よほど効率的だと思
うが、「アメリカで最も古い総合大学」というのがウリのこの大学は、そういう
発想はしないらしい。

 息子の部屋は二階にある。男女が同じ建物に住んでいるので、男の生徒も女
の生徒も廊下をウロウロしている。楽しそうだが、こんなことでよいのだろう
か。シャワー室は男女別なのだろうか、もしかして男女一緒か、などと、私は、
まるで自分が寮に入るような心配(期待)をしている。

 部屋は二人部屋だ。狭い。不動産広告風にいうと、交通至便大学徒歩10秒、
賄い付きアパート二人部屋、南向き8畳1間ベッド机付き、トイレ台所風呂共
用、といったところだ。安物のビジネスホテルからバス・トイレを除いたくら
いの広さである。刑務所の二人部屋といってもいいかもしれない。部屋は一年
ごとに変わるし、学年が上になるともっと広いところもあるそうだ。

 とにかく、荷物を運んで、こまごましたものを大学生協でそろえて、用意は
整った。大学付近を歩いていると、親子連れが多い。男の学生はあまりパッと
しないが、どういうわけだか、女学生は可愛くて聡明そうで健康そうな娘ばか
りだ。息子はラッキーな奴である。同じアイビーリーグの大学ではあるが、あ
まり垢抜けないハーバード大学の女学生とは随分と雰囲気が違う。

 夕食をとって、ホテルに歩いて帰る途中に、大学の体育館が見えた。ガラス
張りになっていて中が見える。夜の8時を過ぎているのに、蛍光灯の光に照ら
されて、数階分にずらりと並んだランニング・マシーンの上を、若い男女が何
十人も一生懸命走っている。その光景は、体育館というよりも夜間操業の工場
のように見えた。そして、この大学のような一流校は、エリートを製造する「工
場」なのだということに気がついた。

 アメリカの大学は学住近接だ。同じ屋根のもとで同じ釜のメシを食って、小
クラスでみっちり勉強して、友人を作り、恋人を作り、よく勉強して、身体も
鍛えて、課外活動にも身を入れて、こうして、アメリカのエリートに共通の価
値観とライフスタイルと身につけ、また人脈を築いて行く。

  エリート製造工場に「素材」として入った学生たちは、大学や大学院で製品
として組み立てられて、ある程度は「不良品」として振り落とされ、やがて「商
品」として社会にでてゆく。一流の大学で製造された優良商品は、政官財界の
中枢部門に発送されて、システムに組み込まれてアメリカを動かすことになる。

 息子も、このエリート製造工場で「製造」されるのだ。将来、アメリカ社会
の部品となるのだろう。それは、アメリカ人としては、望ましいことなのだ、
よいことなのだ、と、自分に言い聞かせてはみても、私はなんだか、恐ろしい
ような気がしてしかたがない。

 もういちど、体育館の建物を見上げると、こんどはランニング・マシーンの
上の聡明で健康そうな若者たちが、まるで、檻の中の車輪の上をひたすら走り
続けるこまねずみに見えて、私は、すこし悲しくすこし切なくなった。それは、
「中古の日本製部品」としてこの国にやってきて、アメリカの中枢では機能し
ない「規格外商品」である私のひがみか偏見なのかもしれない。だが、私は、
マシーンの上を走る彼らと息子の前途のため、思わず祈るような気持ちになっ
ていた。

  ●あとがき

 ええ、なんとか一本、書き上げました。どうも、まだ調子ができませんが、
どんなもんでしょうか。みなさまがたには、これまで同様、これからも、お叱
り励ましご意見ご感想など、メールを下さいますようお願い申しあげます。み
なさまからメールをいただくのが、いちばん励ましになります。これからも、
どうぞ、よろしく。             井筒 周(いづつ・めぐる)

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著作・発行: 井筒 周(いづつ めぐる)
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----- Original Message -----
From: "Meguru Izutsu"
To: "松田新平"
Sent: Monday, September 22, 2003 10:30 PM
Subject: RE: 長のお休みからおかえりなさい&転載許可願い

> 松田新平さま
>
> 「ボストン読本」の井筒周です。メールをどうもありがとうございました。
>
> > ビンに詰めた手紙を海に流すような手段ですが、自分の書いているblogに
> > ボストン通信を転載するという方法を思いつきましたのです。
> > 御許可いただけますでしょうか。
>
> どうぞ、「ボストン読本」からの転載ということさえ書いていただければ結構です。
> HPのアドレスも書いていただけるとありがたいです。それと、「通信」ではなくて
> 「読本」です。念のため。
>
> こんごもよろしくお願いします。ではまた。

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にわかな奴ほど語りたがる -- あるハッカー

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