nidakの日記: 写真談
日記 by
nidak
元(もと)朝日新聞社のカメラマンの友人とチャットする。
内容は、人間の目の見え方と、写真で表現される見え方は違う、と
いった話。そもそも人間の目は、見たいポイントに自動的にピント
を合わせようとするので、ガラスに写った景色と、ガラスの越しに
見える世界の両方にピントを合わせることは、かなり意識した状態
でやらないと無理な話だけれど、カメラなら被写界深度におさめて
しまえば、その双方にピントがあった写真が簡単に仕上がるという
もの。
で、そういう世界は写真で見る限り、幻想的で不思議な雰囲気を作
り上げることが出来るので、普通の表現に飽きたら使ってみるのも
悪くないと。
この手法が生まれたのは50年代頃のニューヨークでMagnum所属の
写真家の一人が、既に撮り尽くされたニューヨークを、何か上手い
表現で見せる方法はないか?と考えたのが始まりだとか。
写真の歴史において、ほとんど全ての撮り方は、既に考え尽くされ
てしまった状態なので、これから何か爆発的手法が生まれることは
ないとは思うけれど、とりあえずそれを見つけるのに挑戦してみる
のも、やってみる価値くらいはあるだろうと。
映像の世界でのMatrixショックみたいな物を、写真の世界でも起こ
してみたいという欲求といえばいいだろうか。とりあえずは、今の
現状に退屈しているみたい。
内容は、人間の目の見え方と、写真で表現される見え方は違う、と
いった話。そもそも人間の目は、見たいポイントに自動的にピント
を合わせようとするので、ガラスに写った景色と、ガラスの越しに
見える世界の両方にピントを合わせることは、かなり意識した状態
でやらないと無理な話だけれど、カメラなら被写界深度におさめて
しまえば、その双方にピントがあった写真が簡単に仕上がるという
もの。
で、そういう世界は写真で見る限り、幻想的で不思議な雰囲気を作
り上げることが出来るので、普通の表現に飽きたら使ってみるのも
悪くないと。
この手法が生まれたのは50年代頃のニューヨークでMagnum所属の
写真家の一人が、既に撮り尽くされたニューヨークを、何か上手い
表現で見せる方法はないか?と考えたのが始まりだとか。
写真の歴史において、ほとんど全ての撮り方は、既に考え尽くされ
てしまった状態なので、これから何か爆発的手法が生まれることは
ないとは思うけれど、とりあえずそれを見つけるのに挑戦してみる
のも、やってみる価値くらいはあるだろうと。
映像の世界でのMatrixショックみたいな物を、写真の世界でも起こ
してみたいという欲求といえばいいだろうか。とりあえずは、今の
現状に退屈しているみたい。