nidakの日記: 猫を殺してみた 5
2年も前のブログ記事でも炎上できるのが凄い。そのうち江戸時代の文書や枕草子に炎上し始めたら、立派なスイーツ脳として保護指定されるかもね。
それはさておき、動物愛護法って謎。そもそも愛護ってなんだよ?と。愛とかって定義不能なものだと思うわけですが、それを法律で定めるあたり痛いと思うんだけど。例えば動物を殺さなくても、愛護には違反するんじゃない?って思うことなんてザラ。犬を散歩に連れて行かないのもそうだし、鎖に繋ぎっぱなしにしているのもそうだし。愛護法の中に、むやみやたらと繁殖しないように去勢すべし、とか書いてあるけど、それ愛護じゃねーだろ!と思ってみたり。お前のチンポちょん切っていいか?
愛護法に違反すると
罰則
愛護動物* をみだりに殺し又は傷つけた場合は、1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処されます。また、愛護動物に対しみだりに給餌又は給水をやめることにより衰弱させる等の虐待を行った場合、あるいは遺棄した場合は、50万円以下の罰金に処されます。
*愛護動物とは、牛、馬、豚、めん羊、やぎ、犬、ねこ、いえうさぎ、鶏、いえばと、あひる、その他人が飼っている哺乳類、鳥類、爬虫類をいいます。
らしいんだけど、マクドナルドとか焼肉屋とかどうなのよ?と。家畜は狭い場所に閉じ込めて、時期が来たら殺していくだけの環境で育てておいて、愛護してるって言えるのかい?愛護法違反じゃないのかい?って思うわけです。生き物を製品化している事実は問題に問われないみたいです。食肉しかり、ペットと言う名のマーケットしかり。
で、こうした現実があることを考えると、猫を焼却炉で燃やして殺した男性に対して見れば、騒ぎすぎじゃないの?とか思ってしまいます。どうせみんなマクドナルドで牛を殺したり豚を殺したりしているわけでしょ。消費者として需要を起こすことによって、それらの人々は多くの家畜を殺すって言う因果を生み出しているわけですが、動物愛護法の元にそういうことって裁かれたりしないわけですよ。
他人のペットを誤って殺してしまった場合には、器物損壊罪で3年以下の懲役か30万円以下の罰金らしいです。なら殺しても器物破損で30万円そこいら払って終わりで良いじゃん。愛護法って意味不明なので考えると話がややこしくなりそうです。
色々言いたいことがあるわけですが、動物を愛している人でも、そうでない人も、みんな自分のエゴを満たすためにそうやっているわけで、動物の愛護とかあんまり考えていないと思います。なので、他人が動物を殺すのをとやかく言ってもどうかと思うわけです。一方で、日本がくじらを捕鯨することを外国がとやかく言ってくると「黙れカス!」とぶち切れたくもなりますし、人間の論理なんてどうでもいい感情の上になりたっているものだと、つくづく思うわけです。オーストラリアなどでは動物愛護に反するため魚の活け造りを禁止しているそうです。生きたまま魚を捌いていくのは可哀想とのことです。日本人からすれば馬鹿みたいな話です。ここで、魚には痛覚がないので問題がないと言うのは日本人の主張ですが、そんなものオーストラリア人には通じないみたいです。なので、論理的にどうこうじゃないんです。単なる感情です。すべては感情論。で、猫を生きたまま火に入れて殺すのもそういうことなんじゃないの?と思ってみたり。
人間の歴史を見ても、都合の悪い動物(例えばニッポンオオカミ)は殺しまくってきたし、好きなだけ絶滅させて来た。それが、目の前の他の動物一匹や二匹にいまさら及ぼうが、過去の積み上げてきた罪の意識すら感じたことのない馬鹿ばかりが何しようとも問題はないかと。絶滅が起きると生態系のバランスがうんぬんって問題もあるかと思いますが、なんでも問題にするくらいなら、黙って死んでた方が楽なんじゃないの?って思わなくもないです。いちいちウザイ。騒ぐ人々。
宗教戦争 (スコア:1)
ナニ、今時の猫好きは一種の宗教だから、神を冒涜した(この場合は焼き殺した)輩を血祭りに上げるのは信者としてごく当たり前の行為でしょう。「キリスト像を焚き付けにしました」「コーランでケツを拭きました」と英語やアラビア語のブログで書けば似たような騒ぎになるんじゃないの? そこに動物愛護法を持ち出すのは、手軽なツールだからであって、それが正義だから(本人たちはそう思ってるかもだけど)じゃないと思う。
かく言う俺も猫好き教の一信者なんで、子猫を焼き殺すくらいなら喜んでこういう輩の方を焼き殺すクチ。それをやらないのは単なる我が身かわいさと実行力の欠如、信仰心の薄さ故ですな。
Re:宗教戦争 (スコア:1)
早めに治るように虫下し出しておきますね。お大事に~( `・∀・´)ノ
There is no spoon.
せっかくだから昨日書いて (スコア:1)
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家畜とは分けて考えないと… ^^; (スコア:1)
#上の「キモオタ」話につられてきました。まさにその通りだよなと思った。
家畜の場合は、人間が生きるために必要だからこそ、殺して食べるわけです…。
やっぱり家畜でもかわいいもので、自分で育てた家畜を殺すときはとても悲しい
そうです。最近は家畜を育てる業者と殺して加工する業者は別なことが多そう
なので、実際に殺されるところを見ることは少ないかもしれませんが…。
当該ブログを見ていませんが、「なぜ猫を殺すのか」というところが気になります。
現代を生きていく上では、害虫を殺したり、鯨を殺したりすることは仕方のない
ことだと思っています。害虫がいなくなれば快適な生活をおくることができる
ようになるし、おいしい鯨(ぼくはいままで「おいしい」と思ったことはないの
ですが、和歌山の鯨はとてもおいしいそうです)も食べられます。動物愛護とかも
行き過ぎるとかなり痛いですね…。捕鯨問題とかいい例ではないかと思います。
というわけでまぁ、何があったかは知らないけど、猫を惨殺してそれを公表する
なら、合理的な理由もつけてほしいなぁ、とは思います。「おもしろそうだったから
猫を殺した」「おもしろそうだったから豚を殺した」「おもしろそうだったから
鯨を殺した」「おもしろそうだったから人を殺した」、すべてぼくにとっては
同レベルのように思います。
Re:家畜とは分けて考えないと… ^^; (スコア:1)
> ことだと思っています。
猫を殺した本人にしてみれば、それだけのことだったわけでしょ。
本人にとって猫が邪魔だったので消したってこと。本人にしてみ
れば、それは仕方のないこと。で、それに納得出来ない人は騒ぐと。
>猫を惨殺してそれを公表するなら、合理的な理由もつけてほしい
> なぁ、とは思います。
ってのも、相手の理由が下らなすぎて理解出来ないことに腹を
立てることも、気分を害されることも出来るけど、結局のところ
それらは感情論でしかないわけです。なので、
だから何?つーか、騒ぐだけウザくね?というのが今回の記事の
主張。
> 家畜の場合は、人間が生きるために必要だからこそ、殺して
> 食べるわけです…。
ってのも鯨を捕る漁師の主張みたいなもので、グリーンピースとか
は納得しなかったりするわけです。本当はそんなことしなくても
良いのに、思い込みでそうしてるって事象は腐るほどあります。
そういう突っ込みにいちいち反論していると時間がいくらあっても
たりないので、最近はコメントを余り返しませんが、コメントを
頂けるのはとてもありがたいことです。超感謝!!!
それでは良い週末を☆
There is no spoon.