nidakの日記: 良いと信じてしまうと、悪いことに気づかない 2
中国って国は民主主義ではなく、国のお偉いさんが何でもホイホイ決めてしまうため、国民不在でみんなが被害を被っているイメージがあるけれど、みんながみんな自己主張をしてしまうと、何も決められずに安易な愚策に落ち着いてしまうというデメリットはもっと強調されるべきだと思う。
特に最近日本でも、お金がかかるのはご免だとばかりに聞こえの良い政策を口にする政治家に投票をしてしまう傾向にあるけれど、そうした短絡的で長期的視点が欠如している政策だけに票を投じてしまうと、遅かれ早かれ借金の山に埋もれて身動きがとれなくなる。しかも、誰もが損をしたくないという想いでいっぱいなので、短期的に負担が増えるが長期的には既存の問題を抜本から解決出来る良策とされる政策には見向きもせず、やはり明日の負担が減るが、実際には子々孫々に付けを回しているだけの愚策を選んでしまうのです。
こうなると日本の民主主義は腐って行くことを手伝いはしても、国を立て直すことに対しては一向に役に立ちません。むしろ、中国の俺達で勝手に決めちゃうよ、といった政治の方がまともに機能しているように思えます。明治時代にはお金持ちや華族などしか投票権がありませんでしたが、これからの時代は納税額に応じて投票権の大小も決めても良いのではないでしょうか?そもそも民間で成功を収められるだけの頭があれば、国の財政をまともに機能させるための頭もありそうなものです。日本は原材料が値上がりしても、フェチ的なまでに省エネや技術革新、企業努力による経費削減に拘って、店頭価格を変えることを拒む改善精神に溢れた人々なのですから、その脳みそを少しでも国の財政に向ければ、シンガポールに一人当たりのGDPが抜かれることもなかったことでしょう。
お隣の国を見て民主主義最高ー!みたいに思っているのを眺めていると、その民主主義で政治が腐っていくのでは、最高どころじゃないだろう?と少々不安を覚えた次第。でもって、民主主義って別に最高でも何でもないな、と思い直したわけです。状況に応じては、誰か頭良い奴が独裁した方が良くなる場合は多いですね。ドイツを立て直したヒトラーみたいに。悪くなる前に、上手く民主主義と独裁を使い分けるのもありだと思えます。となれば、大統領制というのは、上手く使うと何かと便利な政治を行えるものだろうか?と考えたりもしました。
幸い、個人レベルでは世界中のどこにでも好きに逃げられる状況を日本国民は持っているので、いざって時は脱出して悠々自適に生活出来る準備を怠りたくはないものです。
ラインハルトは言いました (スコア:1)
信じるというよりも、思い込みですね (スコア:0)
変化を「恐れて」惰性で流される、日本の場合は気がついていない訳じゃない。
気がついてしまう、信じていないから「子々孫々に付けを回しているだけの愚策」を支持したり、
「みんながみんな自己主張をして何も決められない」状況を作ってしまう。
選挙で選んだ人間のする事を認めない、選んだ相手に「あいつらは馬鹿だ」とマスコミの受け売りでダメ出し。
「みんなが飛び込んだから飛び込む」というジョークになるような和を尊ぶ精神の放棄。
これらがもたらす政治不和、政治不信というのは政治の主義が資本主義的であれ、
共産主義的であれ、独裁主義的であれ特効薬は無いのではないかと思います。
「政治家に格付けをしているマスコミを疑う」というリテラシを国民全体に根付かせる、
それだけでマシになると思うのですよね、今は一方的に政治家だけが疑われている。
政党がどこであれ、信条がなんであれ。