numaの日記: 悲しい話
日記 by
numa
私が子供の頃流行った歌に、小坂明子の「あなた」というのがある。当時小学生だったとはいえ、あまりに純真(「おバカ」ともいう)だった自分は、この歌を「幸せいっぱい、夢いっぱい」の歌だと思い込んでいたものだった。もちろん、そんなうまい話じゃない。この歌は、表面上の明るい調子とは正反対に、じつに悲しい歌だったのだ。
なんせ、この歌、幸せな暮らしを歌っているように見えて、実のところ、その幸せな暮らしを保証してくれる、肝心の「あなた」は「いまどこに」と歌われてしまうのである。あなたが、いまここにいてくれたなら、こんなに幸せな暮らしができたでしょうに、あなたのいない今の私には、それを夢見ることしかできません。そういう歌なのだ。なんということだ。
そういうことに気付いたのは、それから何十年も経って、いい加減おじさんと呼ばれることにも慣れてしまった時期に、この歌をあたらめて聞いたときのことである。馬鹿って言うのはこういうやつのことを言うのだな。
ところで、こういう英文がある。
For of all the sad words of tongue or pen, the saddest are these: it might have been.
世の中に、悲しい言葉の数ある中に、分けても悲しいこの言葉、といわれて出てくるのが "it might have been" である。ある日本語訳で、これを「そうなっていたかもしれない」なんて寝ぼけた訳をつけたのがいたが、何を考えているのだろう。
私なら「こんなはずじゃなかったのに」と訳すだろう。世の中、そういうものなのよ。
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