okuの日記: むしろよく使っていたと言うべきか... 2
日記 by
oku
ITpro は 農業者年金基金、昭和40年代の基幹システムをレガシー・マイグレーション より:
農業者の年金を運用・給付する独立行政法人の農業者年金基金が、1970年代前半(昭和40年代後半)から利用している年金の給付額や徴収状況を管理する基幹システムのレガシー・マイグレーションを完了、本格稼働を始めた。
よくもまあ30年前のシステムが動きつづけていたものだというか、物持ちがいいというか... 都銀だと第1次~第2次オンラインの時代、郵貯に至っては1次システムすら存在しない時代ですかぁ。
旧システムは、制度が変わるたびに新たにマスターを作って拡張を繰り返しており、プログラムなどの量は膨大だったが、調査・分析したところ、「全体の7%しか使われていないことが判明した」(農業者年金基金の数理・情報技術役の稲垣誠一氏)。
30年前に作ったものなら「もうそんな機能使っても意味ないよ」なんてのがゴマンとあったことでしょう。 ひょっとしたら最初から使われていなかったのかも知れませんが。 ところで、富士通のメインフレームから日立のHA8000ということは、おそらく MSP 辺りから x86 な Windows 辺りへの移行だったのではないかと思いますが、COBOL はともかく、VSAM やら JCL やらはどうやったのでしょうか?
JCLは (スコア:1)
VSAMはどうしたんでしょうね。わかりません。ほとんどなかったとか。
DBについてはふれられてないから、ネットワーク型DB、RDBも使ってなかったのかも。というか30年前はどういうDBがあったのでしょうかね。
「JCLは179本」というのはJOB179本ということでしょうか。「プログラムは1041本」ということなら1JOBあたり平均すると約5本のプログラムとメーカー提供のSORTユーティリティ、データーセットユーティリティ(コピーとか)を数本使っていたのでしょうかね。
Re:JCLは (スコア:1)
そうか、日立 [hitachi.co.jp]には JP1 [hitachi.co.jp] がありましたね。 実際に使ったことはありませんが。
Codd 先生が RDB の論文を発表したのが1970年だったと思いますので、まだ NDB か階層 DB の時代でしょう。 あるいは COBOL から直接 ISAM していたのかも知れません。 明示的に ISAM が COBOL に導入されたのは、Wikipedia [wikipedia.org] によると、COBOL73 からだそうです。 と言うことは、ISAM 機能自体はそれよりも前から使えた可能性が高いでしょうから、まああり得ない話でもないのかな、と。
旧システムの7%分が
とすると、一寸した組織の勘定系としては、まあ良くある数字だと思えます。 博物館や古寺探訪のような感じで見てみたいとは思いますね (やってみたいかは別問題)。