oopsの日記: 演奏会見物その2
先週になるが、北村協一追悼演奏会に行ってきた。発売開始早々、コンビニでチケット取ったんだけど、A席が3階だったんでS席にしたが1階なものの20列以上後ろだった。ま、前は関係者で埋まってるんだろう。前売りは時間が掛かったものの完売だったみたいだね。
会場のすみだトリフォニーホールはいいホールだった。トイレが綺麗でトイレットペーパーの端が丁寧に折って揃えられていたよ。自分が用をたした後、何気に折って揃えてしまったし。ホールの方はというと、開放感がある作りで席の間隔も狭くはない。自分は背が高いというか座高が長いんで、後ろの人に迷惑を掛けないようなるべく脚を前に出して背が低くなるようにして座るんだけど、尻が痛くなって仕方がない。毎回窮屈な座り方で見物の環境は悪いんだけど、今回は通路席で更に隣の人が来なくて半ば王様状態で座れて良かった。後ろの方の席なんで段差があって、それ程、自分の後ろの人のことを気にしなくても良かったと言うのもある。
パンフレットは追悼演奏会に相応しいしっかりした分量のあるよい出来のものだった。故人の知己からのコメントが多数載っていて興味深い。自分が入っていた合唱団に起きた暗い歴史についてそことなく仄めかすような内容をさらりと書いていたりする人もいたりする。自分の入っていた合唱団は長らく北村氏が主任指揮者だったけど、死ぬ前、病気のために今は音大助教授の人に交代した。その人は自分がいた頃は発声練習と入団間もない団員の指導をやってたんだけど、今はどんな感じの指導やってるんだろうね。
北村氏が関係した各合唱団の演奏が行われたわけだけど、指揮者の水準が高くかなり見応えがあった。聞き応えか。自分は北村氏のように指揮棒持った指揮が好きで、指揮棒から繰り出される細かい変化をいかに読み取るかというのが面白いと思ってる。手だけだとちと分かりにくい。合唱してる連中はプロじゃないわけで、練習だけで曲の細部まで完全に指揮者と理解し合っているわけじゃないというか、指揮による表現力と指揮者がそこにいるという存在感から生み出される合意の想起が大分演奏に影響を与えるという、演奏の現場でのやり取りで初めて合唱が生み出されると思うんだ。音が弱いからもっと出せとか、綺麗に響くところが揃わないんで入り際に指示出したり。自分は音楽についてまるっきりの素人だからその辺の実際は知らないが。
関学グリーの多田の曲の力唱は特に受けが良かった感じで拍手が盛大だった。最後、300人ぐらいが一斉にステージに立って、女声、男声、混声の3曲を歌うラストも壮観だった(練習時間が少なく完成度はいまいちだったけどね)。
演奏してた曲のうち3曲ぐらいしか知らなかった(合唱できるレベルで)。ミサなんかは昔、北村氏の指導で歌わされたから歌詞は記憶から出てくるものの、作曲が違うし。知ってる曲だと合唱の良し悪しをなんとなく判断できるんだけど、知らない曲だとぽかーんと聞いてるだけなのが、素人にとっては詰まらないところかな。
行きは秋葉原→錦糸町、帰りは錦糸町→神田と歩いた。行きは隅田川を通ると水面にカモメがわんさかたむろしてた。帰りは闇夜に遊覧船が静かに漂ってた。ただ、靖国通りの両国橋の隅田川は人がいなく寂しい。言問通りの言問橋や浅草通りの吾妻橋の方が浅草の賑やかさがあって風情があるのにね。行きに両国国技館北の旧安田庭園の脇を通ったけど、時間がなくて覗けなかった。風は強かったが天気は良かったのに残念。電車一本で錦糸町に行くのもいいけど、歩いてその周辺をいろいろ見る方が、時間があればだけどいろいろ面白いものを見ることができる。
そんなこんなでいい演奏会だったけど、惜しむらくは北村氏の指揮を見たかったというところだな。
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