patagonの日記: 本 アフガン25年戦争/遠藤 義雄(著)
読了。
アフガン25年戦争/遠藤 義雄(著)
平凡社 ; ISBN: 4582851274 ; (2002/02)
227.1エ
この本はアフガニスタンの概略を知るにはいいが、書かれた時期が2002年初頭
でありアフガニスタン復興支援閣僚級東京会議が開催された頃で、1979年にア
フガニスタンの首都カブールに留学したこともある筆者や、国際社会が「これ
からアフガニスタンをどうしようか?どうなろうのだろう?」と期待のピーク
の時期に書かれたものである。その後のアメリカとイラクとの戦争前である。
当然ながらその部分がないのである。その点を考慮して読むこと。
そういえば、今、アフガニスタンってどうなってるんだ?
日本は周囲を海で囲まれ国境というのを意識しない。またアイヌの人々や一部
を除き、複数の民族と言うのを意識しない、意識しないですむ。言語も日本語
といっていいだろう。ところが以下のアフガニスタンのように民族はたくさん
あり、言語も複雑に絡み合ってて、国境も不明瞭(生活にはむしろ邪魔)だった
らどうなるだろう。そんなことちょっと想像できないなと感じながら読んだ本
だった。
***
以下概略
国境をまたいで多くの民族が分布し、言語も異なる。パシュトゥーン人はパ
シュトゥーン語を話すが、パシュトゥーン人である王族、王制の人々はペル
シャ語を話し、共通語、政府文書もペルシャ語である。パシュトゥーン語が公
用語となったのは最近。タジク人とハザラ人はペルシャ語(ダリー語)を使い、
ウズベク人とトルクメン人はウズベク語とトルクメン語(いずれもトルコ語)を
使う。
パシュトゥーン人:主要民族でありアフガニスタンの成立以来国王がパシュ
トゥーン人であったことからキングメーカー、先頭に勇敢な民族の自負。
タジク人:人口ではパシュトゥーン人に劣るがペルシャ語を母語としているか
ら高い文化を享受・維持してきたという自負、インテリな民族。
ハザラ人:歴史の流れのなかで3Kをやってきて凌いできた人々だが 1980年代
のソ連とのゲリラ戦で活躍し民族の社会的・政治的地位を高めた。
カブールは都市であり政府があり、王族がいるからタジク人やハザラ人が
主要部を占めるという現象。
歴史、言語、民族の性質から人口数などの統計的な観点では一概に論じられない。、
中央アジアと南アジア、中央アジアとインド、ヨーロッパと中央アジアの間にあり
交通の要所。1970年代以前は遊牧と定着農業を中心とした農業の国。
遊牧=移動を常とする民族がキーワードか? 国境という意識は希薄。
20以上の民族から構成されパシュトゥーン人38%、タジク人25%、ハザラ人19%、ウズベク人6%
が主要民族。
アフガニスタンは王制の緩やかなイスラム体制であったが、不況に陥り、1970
年代に共産党、共産勢力が台頭すると、それに反する形でイスラム主義勢力が
急進化。 1970年代末に共産党と近いソ連が侵攻、80年代は共産勢力とイスラ
ム勢力(ムジャヒディーン(ゲリラ)含む)の戦いとなる。
難民の中からさらに急進化したゲリラがタリバンを構成するようになる。ソ連
とゲリラの戦い。しかし過激化がさらに進みアフガニスタン国民の指示を得ら
れなくなり、実質は外部のアフガン・アラブが大部分を構成する組織となる。
サウジアラビア出身のオサマ・ビン・ラーディンが資金に物を言わせアフガ
ン・アラブを再組織化し、国際テロリスト集団アル・カイーダ(軍事基地、
ネットワーク基地)を作る。
パキスタンは対インドという思惑から古くからアフガニスタン内のパシュトゥ
ン人を支援。彼らがタリバンを構成するようになっても同様だった。周辺諸国
も対ソ連や、民族問題、資源・経済問題の思惑からアフガニスタンと何らかの
関係があった。
その後ソ連が撤退し、1990年代の空白の十年となる。ソ連との戦争は終わった
のに、1990年代始めにはアメリカとイラクの戦争があり、イスラム原理主義者
であるタリバン、アルカイーダ、オサマ・ビン・ラディンはイスラムの邪魔す
るものとして反米へと動く。空白の10年でアフガニスタンは国際社会から忘れ
去られたが、アフガニスタン内部でのイスラム勢力は分裂していく。それはタ
リバン内部でも同じ。1990年代半ばのアフリカでのアメリカの二大使館爆破で、
アメリカはアル・カイーダの危険性に気づき、国連を巻き込んでタリバンを封
じ込めようとした。しかし時間がかかりすぎたのか2001年の9.11事件が発生し
てしまう。
その後は、周知の通り。アメリカがロシアや中国、インド、ヨーロッパ、日本
を説得し、国際社会の同調を得、反タリバンとしてアフガニスタンで軍事行動
を起こす。2001年11月のタリバン体制崩壊後は、同月末に行われたボンでの国
連主宰(米英の強い働きかけであるが)の 4者協議に基づきアフガニスタン復興
が動き出した。
4者:タリバン体制崩壊に最も功績があった反タリバン連合の北部同盟(少数民
族を中心に構成)から11人、元国王勢力つまり欧米亡命者を代表者とするロー
マ・グループから11人、イランに支援されるキプロス・グループの3人、パキ
スタンに支援されるペシャワール・グループから3人。
多数派のパシュトゥン人であり王制派の出身であるカルザイ氏が新政権の首長である。
ちなみにタリバンを構成していた中心は南部のパシュトゥン人。
バランスを考慮した政権と言えるか。
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