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224246 journal

phasonの日記: 大型籠状分子(錯体・クラスター) 2

日記 by phason

"Self-Assembled M24L48 Polyhedra and Their Sharp Structural Switch upon Subtle Ligand Variation"

Q.-F. Sun et al., Science, 328, 1144-1147 2010)

そんなわけで,藤田誠先生のところの仕事である.藤田先生はここのところ錯体を使ったナノ空間の構築を延々と研究されている.
遷移金属と配位子との結合は基本的にほぼ方向が決まっている.例えば銅イオンなどは平面配位(正方形の中心に金属イオンがいて,四つの角の位置に向けての配位結合を作る)や6配位(正八面体の中心に金属イオンがいて,各頂点の位置で配位結合)をとる場合がほとんどで,この基本構造からの結合角のずれなどは小さい.つまり,ある決まった方向にだけコネクタが延びていて結合できる,レゴブロックやら何やらのようなパーツとして使えるわけである.
例えば,直線上の分子(これがいわば柱-ピラーになる)の両端に配位結合できる部位(例えば窒素原子を一つ含んだ芳香環であるピリジンだと,この窒素部分が金属と配位結合を作る)を配置して,6配位を好む金属と組み合わせると,金属に対し6方向(±x,±y,±z)に直線上の分子が配位,逆端でまた金属に配位,と,結果として3次元的に規則的につながった柱と,その間の何もない空間が構築される.まあこの手の無限系をよくやられているのは北川進先生で,この小さな空間を細孔としてガスの吸蔵・分離,触媒活性,外場・環境応答形の物性などの研究を行っている.

http://kip.jst.go.jp/eratojp_projects.html

さて,これに対し藤田先生は,金属イオンと配位子で空間を作るところまでは似ているのだが,例えば金属イオンのいくつかの結合可能サイトを別の配位子で塞ぐとか,配位子の配位部位近くに多少大きな置換基をつけて配位可能数を減らすなどの手法を使い,錯体が無限につながるのではなく,あるサイズで完結している系を作られてる.この時,配位子のサイズによって規定される様々な形状のナノ空間が構築されるため,それを利用しようというものだ.

ナノ空間の構築と利用は,フラーレンの発見以降急速に流行している分野である.ナノ空間は,空間を作っている壁面などの分子との相互作用により,内部に閉じ込められた別の分子の反応性などが変わることや,サイズが制限されていることによりバルクとは異なる性質を示す.例えば,通常なら空気や水と反応してすぐ分解してしまう分子も,こういったケージに閉じ込めておくと水・空気と接触しにくいだとか,反応後の分子形状がケージに収まらないため反応が進行しない(反応するには変形しないといけないが,変形するスペースがない),などの理由で安定に長期保存できたりする.他にも,ケージ内に分子を詰め込むパッキングのしかたが決まっているため,ある2分子の重合反応を行うと,特定の向きでの反応生成物のみ得られたりもする.
(要は,ケージ内に2分子がまず詰め込まれてからその2分子間で反応が起こるため,通常の条件下ではいくつか反応可能なサイトがあったとしても,ケージ内では「2分子を詰め込んだときに接触しているポイント」でしか反応が起こらない)
藤田研ではさらに,大きなケージを作って,置換基によってその内部にだけ疎水分子鎖をのばすことで,ケージ内だけをあたかも非極性溶媒条件であるかのようにもしている.これは例えば,極性溶媒中で反応を行っても,ケージ内に取り込まれた分子は非極性溶媒条件下で反応を起こすわけであり,極性溶媒中にナノサイズの非極性溶媒のドロップレットが浮いていているようなものである.これを使えば,極性溶媒じゃないとほとんど溶けない物質を,非極性条件下で反応させられる可能性がある.
(極性溶媒に溶ける → ケージ内非極性条件下に取り込まれ反応 → 排出,のループ)
このようなナノ空間を反応場に利用するのは,「ナノフラスコ」などと呼ばれる.分子の配向が限定されることによる選択性の高さ,通常と異なる条件で反応を行えることによる新規反応の開発,不安定中間体の長寿命化とそれを使った反応など,熱いテーマである.
ちなみに藤田先生のところの研究紹介はこちら.

http://fujitalab.t.u-tokyo.ac.jp/static/html/research/rindex-j.html

実に様々なナノ空間を作っているのがおわかりいただけると思う.非常にクレバーな実験であり,美しい結果の数々が得られている.
(とはいえ,錯体を使うことである程度の設計性があるとはいえ,必ずしも望んだ構造が得られないのが錯体化学である.この研究成果の裏側には討ち死にしていった学生の数々が……)

さて.
そんなわけで今回の結果であるが,言ってしまえば「これまでより大きな空間を作りました」ということになる.配位子としては,

http://lepton.sakura.ne.jp/tmp/ligand.jpg

という形のものを使う.2カ所あるNの部分で金属に配意する.これまではこのXが酸素原子であり,その場合は金属原子12個,配位子24個の球形のケージが得られていた.

http://fujitalab.t.u-tokyo.ac.jp/static/html/research/res3a-j.html

今回(といっても,学会発表自体は数年前から行われており,今回のは結晶構造が(1つだけとはいえ)きっちり決まったことが大きいと思う)発表されたのは,前述の配位子のXを硫黄にしたものである.硫黄は酸素より若干大きく,そのため「くの字」である配位子の開き角が若干大きくなる.これが効いて,最終的にできあがるケージは金属イオン24個,配位子48個からなる巨大な分子となったわけである.

でまあ,結果であるが,うむ,でかい.実に美しい分子である.
……以上.
いや,まあ,おそらく藤田先生はここからこの巨大な内部空間を使った様々な応用実験を行っていくのであろうが,現時点では眺めて楽しむのがこの仕事の最大のポイントであろう.

ちなみに結晶構造データ(CIFファイル)はケンブリッジ結晶構造データベース(CCDC)から落とせ,それをお手軽にディスプレイ上で見るためのソフト(Mercury)もCCDCからダウンロード出来る.ちなみにもらえるCIFファイルはこれ.

そんなもんめんどくせぇ,という人のために,動画にしたものを用意したので良ければどうぞ.球状巨大錯体がぐるぐる回ります.
……いや,それだけなんですが.

分子構造
http://lepton.sakura.ne.jp/tmp/M24L48.jpg
ball and stickモデルでの回転
http://lepton.sakura.ne.jp/tmp/M24L48.mov
Spacefillingモデル(原子をファンデルワールス半径の球として描画)での回転
http://lepton.sakura.ne.jp/tmp/M24L48_2.mov

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
  • by teltel (1423) on 2010年05月30日 0時44分 (#1771648) 日記

    今月の日経サイエンスでも紹介されてましたね。
    メインテーマはどちらかというとウィルスの殻をどう作るか、という発想でしたが。
    つまり、同じネタでも数々の切口を用意しているようで、なんというか、うまいですね。

    • まあ,内実は結構大変そうでもありますが(恐ろしいとしか言えない程のトライアンドエラー),学会等で話を聞いても,多量の結果の中からいけそうなものを選択したり,その後の発展のアイディアが次々出てくるところとか,「ああ,出来る人間ってのはやっぱこの辺がスゲェなあ」と思い知らされる面はありますね.
      何というか,出来る研究者はみんなそうなんですが,予想と違う結果が出た際のリカバーが見事というか.
      単純に「ダメな結果だ」で切って捨てるでもなく,全てを拾おうとしてどうしようもなくなるでもなく.失敗からでも,上手くリカバーできそうなものを選んで面白いものに発展させていくあたり,自分も何とか身につけたいなあと思う今日この頃.

      親コメント
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