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phasonの日記: スピン散乱を介したトリプレットジョセフソン電流の実験的検証

日記 by phason

J.W.A. Robinson, J.D.S. Witt and M.G. Blamire,
Science, 329, 59-61 (2010)

超伝導体中を流れる電流は(当たり前のことであるが)超伝導電流であり,抵抗ゼロで流れる.
一方,常伝導金属中を流れる電流は(これまた当たり前のことであるが)常伝導電流であり,抵抗によってエネルギーの散逸を伴う.

ところがここで,非常に薄い常伝導体(Normal metal)や絶縁体(Insulator)を二つの超伝導体(Super conductor)で挟んだ構造(SNS,SIS接合)を作ってやると,経路の途中に常伝導体や絶縁体が存在するにもかかわらずこの二つの超伝導体の間に抵抗ゼロで電流が流れる.これをジョセフソン効果と呼ぶ.この現象は,超伝導体内で超伝導電流を担うクーパー対の波動関数が,常伝導/絶縁体側に染みだしていることが根底にある.量子論においては古典力学と異なり,ある粒子の波動関数(と,その二乗である粒子の存在確率)はポテンシャルの高い領域に入ってもいきなりゼロにはならず,(急速ではあるが)連続的に減衰していく.これは,ポテンシャル障壁の高さが粒子の運動エネルギーを超えた瞬間に粒子がそちらに移動できなくなる古典力学との大きな違いである.
この結果,本来クーパー対にとっては存在するためのエネルギーが高すぎ崩壊してしまうはずの常伝導体内においても,超伝導体に近い部分では超伝導相からクーパー対の波動関数が染みだしてくる.ここで常伝導体/絶縁体が十分薄ければ,右から染みだしてきたクーパー対の波動関数と,左から染みだしてきたクーパー対の波動関数が連結し,(常伝導/絶縁体部分をスルーして)一体となった巨大な超伝導体のように振る舞うわけである.
#もちろんこのギャップ部分はクーパー対があまり多量に存在できないため,
#ある閾電流を超えると常伝導電流となってしまう.

さて,通常の超伝導体はほとんどがスピン一重項の超伝導である.これはどういう事かというと,クーパー対を作っている一方の電子のスピン(電子のもつ棒磁石的な性質で,N極S極の方向を指している,ようなもの)が↑だとすると,もう一方は↓であり,両者のスピンが打ち消しあっているような状態を意味する.
ここで,前述のSNS接合の常伝導部分に強磁性体(Feffomagnet)を使った接合(SFS接合)を考えてみる.当然この常伝導強磁性体内部には磁場が生じているわけだが,この磁場は電子のスピンに対して↑なのか↓なのかで異なるエネルギーを与える.要は,磁場が上下方向にかかっているとき,磁石が上を向いている場合と下を向いている場合で片方はエネルギーが低くなりもう一方は高くなるのと同じである.
この場合,磁場はクーパー対の対称性を壊し,両者に異なる位相変化をもたらすため,クーパー対は急速に破壊される.例えば通常のSNS接合では数μmの距離を挟んでジョセフソン電流を流すことができるのに対し,SFS接合では強磁性体部分でクーパー対が破壊されるためわずか数nm程度の距離でしかジョセフソン電流が流れない.

ところが,ここで単純なSFS接合ではなく,S-F'-F-F''-S接合というような,中心の強磁性体の両側に,薄いが別方向に磁化された異なる強磁性体も挟み込んだ接合を考えると話が変わってくる(M. Houzet and A.I. Buzdin, PRB, 76, 060504 (2007)他).
この構造は,極端に書けば
S---↖---↑---↗---S
と言うような接合である.ここで矢印は,三層の強磁性体における磁化の方向を表す.
単純なSFS接合では,左から入ってきたクーパー対の電子対↑-↓はそのまま強磁性体領域に突入し,両者が異なる影響を受けることで対が破壊される.
ところが今考えているSF'(↖)F(↑)F''(↗)S接合では,↑-↓のペアとして左からやってきた電子対のうちの一部(全部ではない)が,中途半端な方向の磁化を持つF'(↖)でスピン散乱を起こし,↑-↑の三重項ペアへと変換される.このペアは二つの電子のスピンが等しいため強磁性体層Fにおける影響も等しく,ペアを作ったままF中を長距離移動することが可能となる.そして右側のF''(↗)で再度散乱され,↑-↓のペアのクーパー対へ戻り右側と連結する.これにより,単なるSFS接合では不可能な長距離においても,SF'FF''S接合ではジョセフソン電流(超伝導電流)が流れることが可能になるわけである.

この理論的予想を実験で実証したのが今回の論文となり,非常にきれいに,長距離での減衰の少ないジョセフソン電流がSF'FF''S接合を通して流れていることが見て取れる.強磁性体層を使ったジョセフソン接合を実現するには他にも超伝導体としてトリプレット超伝導(スピンが同じ電子間でペアを作る)の物質を使うという手法もあるが,現実的に超伝導体のほとんどがスピン一重項であること,ごく一部のトリプレット超伝導体も転位温度が低いことを考えると,強磁性層を持ったジョセフソン接合の実現という観点からは今回の手法が優れていると言える.今後,超伝導電流と強磁性の共存/競合に関する研究にも刺激を与えるかもしれない.

さて,その「強磁性層を持ったジョセフソン接合」であるが,これは「π接合」と呼ばれる接合である.これは通常のジョセフソン接合が,「絶縁層の両側で超伝導状態の位相が等しい場合にジョセフソン電流が流れる」のに対し,「強磁性層の両側で超伝導状態の位相がπずれている場合にジョセフソン電流が流れる」事による命名であるが,この時,π接合を含んだリングにおいては電流が右回りに流れている状態と,左回りに流れている状態が縮重しており,両者の間でのトンネリングにより「電流が右回りに流れている状態と左回りに流れている状態の重ね合わせ」が実現される.

正確には,右回りに流れている状態|右>と,左回りに流れている状態|左>から
|1> = (|右>+|左>)/√2 と |1> = (|右>-|左>)/√2
の2状態が生まれるのであるが,実はこれが量子ビットとして使える.このため,π接合は固体量子コンピュータ素子を作るのに良い手段なのではないか?という面からも研究が進んでいるわけで,実際に簡単にπ接合が作れることを示した今回の研究はそういう面からも興味深いものとなる.

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計算機科学者とは、壊れていないものを修理する人々のことである

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