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278927 journal

phasonの日記: NASAのあれ

日記 by phason

"A Bacterium That Can Grow by Using Arsenic Instead of Phosphorus"
F. Wolfe-Simon et al., Science, in press. (本誌は掲載予定,ScienceExpressにてオンラインで公開)
DOIがまだ登録されていなかったので直接のリンクを追記.

そんなわけで,話題のNASAの論文.

生物はいくつかの主要元素と,一部の酵素反応などに使われる微量元素から構築される.主に様々なアミノ酸やら炭化水素系置換基を作るCHONが圧倒的に多く,これに一部アミノ酸や酵素に関わるS,そしてATPなどとしてエネルギーの貯蔵に関わったり,リン脂質やDNA等の構成要素にもなるPを加えたものが主要構成元素(いわゆるCHONPS,場合によってはリンを除きCHONSなどとも呼ばれる)である.この中でリンはほぼ全てがリン酸の形で存在し,様々な分子にリン酸エステルという形で結合して使われている.

一方,周期表を一つ下にずらすと,Pに対応する元素はAs(砒素)である.炭素とケイ素が化学的にとんでもなく性質が違うのと異なり,PとAsはサイズも化学的な特性もよく似ており,たいていの場合ほぼ同じ性質を持つ化合物を作ることが出来る.そのため砒酸はリン酸と同じく容易に体内に取り込まれPと同じ経路に乗って化合物が合成されるが,加水分解に対する安定性などが異なることから代謝の後の方(下流)で問題を生じ,毒性を示す.こういった元素の置換はSとSeでも似た様なことが起こり,化学的にSに非常に近いSeが体内に取り込まれると,各種分子のSの位置にSeが入り込む.特に酵素の場合はこの置換により微妙にサイズが変わり,ターゲットとする分子とうまく結合できない,などの理由で毒性が引き起こされる
*ただし,Asの毒性のメカニズムに関してはわかっていない点も多い.

こういったSとSeの違いに比べれば,そのほとんどがリン酸というユニット単位(つまり,比率的に中心原子の影響は小さい)で扱われるPを,同じような砒酸で置き換えるのはまだ容易であろう,という発想によるものなのか.今回の論文で行われているのは,カリフォルニアのMono Lakeという天然の高砒素地帯に生息しているバクテリアを採取し,リン酸を含まず代わりに砒酸を含む培地で培養する,というものである.生育に必要な栄養素やビタミン,微量元素類は普通に添加するが,リン酸に関してのみ砒酸に完全に置き換える.このような過酷な条件下で培養・増殖したバクテリアを様々な手法で分析している.

まず,バクテリアがきちんと育つかどうか,というところであるが,Pに比べればAs添加の方が増殖は遅いものの,立派に数を増やしている.一方,AsもPも添加しなかった場合は数を増やしていないことから,AsがPの代わりとしてしっかり働いていることが示唆される.

続いてこれらのバクテリアの組成を調べるためにnano-SIMS(SIMS:二次イオン質量分析.イオンを加速してターゲットにぶち当て,ターゲットから飛散してくるイオン化した分子やその断片を質量分析にかけることで,微量試料中に含まれる原子・分子を特定する)を使い組成を分析したところ,細胞中のAsとPの比が7:3程度,つまり細胞中の大多数のPがAsに置き換わっていることが判明した.取り込まれたAsがきちんと分子中でPの代わりの位置に入っているのかどうかは,XANES(原子中の電子がちょうど叩き出されるあたりのエネルギーのX線を波長を代えながら照射しその吸収を測定する.いわば吸光度測定のX線版のようなもの.同じ元素でも化合物の種類により吸収端の位置が微妙に変化するし,放射される光電子が波として近傍の原子との間での干渉を起こすことから,付近の原子の配置に依存したスペクトル形状を示す.つまり,細かい解析を行うことでその原子の周辺構造までわかる)を用いた解析から,Pと同様の周辺環境が実現していることを確認している.

さらに細胞からDNAを取り出し濃縮,それに対しての元素分析も行い,DNA中にもAsが含まれていることを確認している.つまり,地球上の生命の基盤となるDNAにおいてもP無しで何とかなるのではないか,ということを示唆しているわけである.ただし,リン脂質やATP等のDNA以外の部分ではAs/Pが2ぐらいの比率に達しているのに対し,DNA中ではせいぜいAs/Pは1/10程度であり,バクテリアも頑張って最後の砦であるDNA中のPを保持しようと頑張っている(他のところをAsで代用してでもPを集めている)ことが伺える.

今回の研究は,いわゆる生体中の主要元素を他の元素で置き換えた初の例となる.しかも生物に対し特に変わった変更を加えたわけでもないことから,地球上の生命というやつが意外にしぶといということの現れでもある.微量元素はともかく,主要元素に関しては代替が効かないと思われていただけに,これは大きな発見であろう(一番代替しやすそうなP->Asではあるけれども,DNAにおいてまで置き換わっている点はなかなかである.あとはS->Seはいけてもいいかも).

しかし,SubmitからAcceptまで2ヶ月かかっていると言うことは,それなりに揉めたんかなあ…….XANESの仕事とかは追加した可能性もある?
(このぐらいのインパクトの仕事となると,refereeに対して1週間ぐらいで判断するよう求められる)

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