phasonの日記: Mg-MoS2バッテリ
"Rechargeable Mg Batteries with Graphene-like MoS2 Cathode and Ultrasmall Mg Nanoparticle Anode"
Y. Liang et al., Adv. Mater. in press.
Liイオンバッテリは現在の携帯機器類に必要不可欠な存在であり,その大容量,高電圧といった特性は他のバッテリ類と比較してもかなり優れている.とは言えその容量向上や急速充放電,安全性などを両立させるのは難しく,その研究は最近になって行き詰まりを見せている.
容量向上の面からは,負極材としては合金系負極を使うことで圧倒的に大容量な容量が実現できることが知られているが,こちらは最近ようやく実用化が見えてきた.理論値で行けば,今までの炭素系負極ではC6Liということで電極の原子6個につきLiイオン1個しか保持できなかったものが,例えばSi系ではLi4.4Siと非常に多くのLiを保持できる.
しかし,電池を作るためには負極だけではなく正極が必要である.負極の進歩が著しいのに対し,正極の開発は難航しており,例えば希少金属であるCoを使わないように&容量増加と言うことで開発されているNi系では安定性にやや難があり,Mn系も容量が伸び悩み,Co-Ni-Mnの3元系もそれほど大きな改善とはなっていない.次世代正極の本命とされるLiFePO4は高速充放電が可能であるが,やはり容量はほとんど変わらず,さらに劣化現象のメカニズムも不明であったりする.負極がいくら容量を増やしても,正極の容量が増えなければ電池の容量としてはほとんど変化がない.極端な例として負極が無限の容量を持っていたとしても,電池の体積の大部分を正極が占めるだけであるから容量はせいぜい現在の2倍弱(構造材の部分などがあるため2倍にはならない)止まりである.
このような行き詰まりのため,Liイオン電池以外の電池の研究が活発化している.現状,Liイオン電池を容量・実用面から上回る電池は得られていないものの,全く違う視点からの研究でブレイクスルーが起こり,Liイオン電池に変わる電池が生み出されるのではないか?という期待があるからである.
さて,Liイオン以外を使って大容量の電池を作ろうと考えたとき,何を使うのが良いであろうか?誰もが真っ先に思いつくのがMgである.まず,Liほどではないが軽い.そして何より+2価であるから,原子1個が移動するだけでLiの場合の倍の電荷を蓄えられる.そんなわけでMg系電池の研究は電池業界では熱いテーマの一つとなっている.
Mg電池の利点を挙げると,電荷が2価なので蓄電量が多い(かも知れない),そして資源が無尽蔵である(海水から安価に取れる).
一方の弱点は,Liイオン電池に比べ電圧が低い,電荷が大きいため電極中での移動がしにくく可逆的な充放電を起こしにくい(速度も遅くなりがち),というあたりであろうか.
さて,今回の論文による報告は,MgとMoS2を組み合わせた電池である.MgがMg2+として溶媒に溶けていき,反対側でMoS2に吸蔵されMg4Mo6S12となる反応を利用している.
そもそもMoS2は,代表的な層状化合物として知られる物質である.グラファイトと同じようにMoS2からなる原子レベルの層が積み重なって出来ており,層間の相互作用は非常に弱い.そのため層同士が容易に剥離したり滑ったりし,層間に何かをインターカレートしたり層同士の滑りの良さを利用して固体潤滑剤に使われていたりする(化学的にもかなり安定なので,高温用潤滑剤モリペーストだとか,重機用の潤滑剤としてよく知られている).つまり,Liイオン電池でグラファイトの層間にLiイオンが入っていくのと同じ事を,MgイオンとMoS2を使ってやってやったわけである.MoS2電極は,ナノ粒子,というか数nmの厚みのMoS2が集まったような構造体を作成して電極としている.Liイオン電池におけるグラファイトでもそうだが,非常に薄くすることで充放電の速度を上げ,さらに全領域を有効に使用する(バルクだと中心までなかなか入っていけない)ことで容量を理論値に近づけ,さらに充放電時の歪みによる電極の破壊を防ぐ事が出来る(大きなものが膨張すると割れるが,ナノサイズだとフレキシブルに体積変化を吸収できる).このようなぺらぺらのMoS2を作って使った点が本研究のポイントとなる.もう一方の電極となるMgはMgナノ粒子を使用している.こちらもナノ粒子を用いることで充放電の速度が十分に速くなり,かつ容量が増加する.こちらは充放電で一度溶液中に溶解していくのだが,充放電を繰り返してもナノ粒子として再析出するようである.理由ははっきりしないが,放電時に完全には溶けきらず,残った多数の点から再析出することでまた多数のナノ粒子となっているのだろうか?
さて,実際に測定された充放電の結果は,電位が1.8V,容量が(MoS2の重量ベースで)170mAh/gであった.電位はLiイオン電池の3Vクラスには及ばないし,容量もまあ現在のLiイオン電池の正極と似たり寄ったり(か多少多い程度)ではあるものの,Mg電池系としてはなかなか健闘している.また充放電での劣化も,50サイクル後でも95%程度の容量を維持しており,こちらもまあ合格点と,MoS2を薄層化したメリットが如実にあらわれている.
Mg系としてはかなりの好成績,ではあるが,さすがに長い研究が積み重ねられたLiイオン電池と比べるとまだまだなのは否めない.とは言え,Liイオン電池が行き詰まる中,異なる原理の電池の探索はこれからも続いて行くことだろうし,こういった研究の中から新たなトレンドが生まれてくるかも知れない.
以下余談.
Liイオン電池研究の行き詰まりはかなり深刻なものがあって,先日の電池討論会でも様々な話題が出てきた.特に問題なのが,企業側の研究がある種いい加減な作業仮説に基づいたその場しのぎの研究である点となる(いわゆるブードゥー科学).これまでは確かにそれでも特性向上を行って来れたのだが,いよいよそれが限界を迎えた,というのがどうも企業側の一般的な見解らしい.そう,この「企業側の研究が基礎研究を欠いているため行き詰まっている」という提言,実は企業側から出てきたものなのだ.これまでの企業側の研究は,電池電極で実際に起きている様々な現象の解明をとりあえず脇に置いて,原理がわからなかろうが何だろうが容量が増えればよい,というものであったらしい.そのツケが今回ってきており,電極の劣化や高速充放電時の電極崩壊,こういった解決しなければならない問題がどうして発生しているのかというメカニズムがあらゆる点で未解明のため,「どうやったらその問題を回避できるのか?」がさっぱり思いつかないところにまで行き着いたらしい.つまり,「原理が不明なまま適当にいろいろやっていたら,あるところで行き詰まりました」というわけである.そこで各企業が急遽ぶち上げているのが,「産学連携による基礎研究の重視」である.例えばSpring-8にビームラインを増設する(そう,国も巻き込んで,電池電極専用のラインを作ってしまっている)だとか,企業連合と京大の研究室を一体化して協同で基礎研究を行う(ただこれ,本当に基礎の部門は和気藹々とやっているらしいが,容量増など実用に近い部門は企業間でのノウハウの盗み合いだので非常にギスギスとしているらしいけど)といった事が行われ始めている.
まあこの手の基礎回帰はどの分野でも定期的に起こるもので,まず基礎的な現象が見つかって,企業が細かなメカニズムそっちのけで一気に実用化と改良を行い,行き詰まって基礎に回帰し,ブレイクスルーがあるとまた基礎そっちのけの人海戦術で急速に発展し,ということを繰り返す.大学の研究者から見れば,企業の連中は明らかに間違った理屈(どう考えても物理的とか実験事実的ににおかしい)を作業仮設として研究を進める未開人であるし,一方企業側から見れば大学の研究者なんてものは役にも立たないし実際の特性向上の役にも立たない細かい事をグダグダとわめいている神経質な連中というわけだ.しかし実際に良いものを作るためには両者の立場がうまいこと噛み合わないと行き詰まることになり,何とも難儀な話である.
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