phasonの日記: 摩擦:その深遠にして知られざる起源
"Frictional ageing from interfacial bonding and the origins of rate and state friction"
Q. Li, T.E. Tullis, D. Goldsby and R.W. Carpick, Nature, 480, 233-236 (2011).
摩擦というのは身近な現象である.古来より様々な考察が行われており,例えば現在アモントン=クーロンの法則の一部である,「摩擦が,かけている力に比例すること」と「接触面積には依存しないこと」などはレオナルド・ダ・ヴィンチなども発見している(そして忘れられ,後に再発見される).
このように誰もが知っている摩擦であるが,実はその微視的な機構に関しては不明な点が多く,未だに経験則によってしか理解できていないことも多い.例えば,静止摩擦係数は時間とともに増大し,その増大のしかたが時間の対数に線形であることが知られている.つまり,接触させてから1秒経過したときの静止摩擦係数をa,10秒経ったときをa+Δとすると,100秒後や1000秒後の静止摩擦係数はa+2Δやa+3Δとなる.また,動摩擦係数は速度に微妙に依存し,動かす速度を急に上げると瞬間的に摩擦が増加し,その後じわじわと低下する,という挙動を示す(つまり,速度に依存する定数の項に,指数関数的な減衰項が足されたような状況になる).
驚くべき事に,摩擦の基本的な挙動---例えば荷重に比例した摩擦を生じる,など---は非常に幅広い対象に対し統一的に成り立っており,小は原子レベルの接触である平坦な基板とSTM探針との間の摩擦から,大は地震を引き起こすプレート間の摩擦に至るまで,10桁以上のスケールにおいて同じ経験則が成立する.このあたりの摩擦の力学,地震の理解のためにも必要であり,様々な経験則に基づく定式化が成されているのだが,なにせ原子の摩擦から,巨大な岩塊の摩擦までを貫く統一的な描像を作り上げねばならず,なかなか困難も多い.
閑話休題.
さて,今回の実験が取り扱っているのは,前述の静止摩擦係数の時間依存性である.通常,これは以下のようなメカニズムで説明される.
1. 面同士が接していても,実は二つの界面は表面の粗さのためごく少数の限られた点でのみ接していると考えられる(この点をアスペリティと呼ぶ).少数の点でバルクの荷重を支えるため,局所的には非常に高い圧力で圧縮される事となる.
2. この圧縮圧力が塑性変形の限界を超えると,アスペリティ部分はわずかに潰れ,二つの面は少し接近する.すると新たに接触する点が発生し,アスペリティの個数が増えるとともに,個々のアスペリティにかかる圧力は減少する.例えば10個のアスペリティで荷重を支えていたものが,15個で支えるようになれば,個々の点では2/3の力で済む.このアスペリティの個数の増加は,アスペリティにかかる圧力が塑性変形をしない点まで低下したところで終了する.このため,個々のアスペリティにかかっている力は常に一定(=塑性変形する直前の量)であり,アスペリティ1つあたりの摩擦の大きさはほぼ等しくなる.摩擦は「個々のアスペリティの摩擦力」と「アスペリティの総数」の積となるが,荷重が倍になると(塑性変形圧力という局所的には一定の圧力で,倍の荷重を支えるために)アスペリティが倍の個数生じ,摩擦も倍になる.これは経験則を満たす.
3. しかしこの塑性変形にはある程度の時間がかかる.原子位置の変位を伴う変形は熱活性化型の運動と捉えることが出来るが,これは指数関数的なだらだらとした減衰で表すことが出来る.つまり,荷重が増えた瞬間に動きやすい多くの部分が塑性変形しアスペリティの増加(=摩擦の増加)をもたらすが,動きにくい部分はゆっくりとしか動かず,この部分の時間がかかる変形こそが静止摩擦係数の接触時間依存性をもたらしている.
というものである.このモデルは様々な実験から支持されており,比較的摩擦の標準的な理論となっているものだ.しかしながらまだ確定したものではなく,それなりに反論もある.
今回の論文はまさにその反論の一つであり,静止摩擦係数の時間の対数に依存した増大が,AFM探針という単一アスペリティの系でも観測された,というものである.
どのような実験を行ったかというと,これは非常に単純で,シリカの表面に,同じくシリカで出来たAFM探針を接触させる.シリカを用いているのは,地震などの岩盤レベルでの摩擦に関する知見を得るため,というのもあると思われる(岩盤の主成分はシリカ系の鉱物).ここに一定の荷重をかけ,適当な時間経ってからAFM探針を横に引きずり,探針が摩擦でどの程度ねじれるかを見たわけだ.摩擦が大きければ,結構大きくねじれるまで探針の位置は変わらない.一方摩擦が小さければ,ちょっとねじれた後すぐに探針が動いてしまい,ねじれは迅速に解消する.
このようなセッティングで実験を行うと,バルクの系で見られるものと同じ,時間が経てば経つほど静止摩擦係数は大きくなり,さらにその増え方が時間の対数に線形,という挙動がはっきりと確認された.
AFM探針の先端と基板との接点はナノサイズの非常に微細な接点であるから,この場合アスペリティ数の増大は見込めない.そのような系でも対数的な時間依存が見られたと言うことは,静止摩擦係数の増大の原因はアスペリティ数の増加(今回はこれは起こらない)ではなく,個々のアスペリティにおける摩擦力の増大に由来していることを意味している.
では,この静止摩擦力の増加は何に起因するのか?
実は,静止摩擦係数の増大を説明する理論には,前述の標準的な説明以外にも,個々のアスペリティにおいて接している相手と徐々に化学結合を作ることにより摩擦が増えているのだ,というものも存在する.特に岩石などでは湿度が低いと静止摩擦係数の増大が小さいことから,シリカ-水-シリカといった結合を生じているのではないか?との説があるわけだ.
そこで著者らはこの仮説に基づき,AFM探針を違う材質で作成したもので比較実験を行った.使ったのは,ダイヤモンド製の探針と,グラファイト製の探針である.ダイヤモンドは表面が水素終端されており,水との反応性は低い.グラファイトはそれにさらに輪をかけて水との親和性が低い.これらの探針で同じ実験を試みたところ,静止摩擦係数の増大は,ダイヤモンドではごくわずかにあるか無いか微妙なレベル,グラファイトはまず間違いなく存在しないことが判明した.ここから,シリカ探針-シリカ基板における接触時間に依存した摩擦の増大は,両者の間に水分子が入り込み水素結合やSi-O-Si結合を構築,この結合によって強く結びつけられることが原因であると推測される.実際の岩盤でも,例えばプレート同士の接触面で,岩石間に化学結合(か,水素結合)がじわじわと生じて,だんだんと凝着していっている,という可能性が高まる.
摩擦は非常に複雑な現象であり,この実験一つからすぐ決着が付くようなものではないが,いろいろと面白い結果ではある.いつの日か摩擦現象が完全に解明される日は来るのであろうか.
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