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2050225 journal
日記

phasonの日記: ポリマーを絞ってモルパワー 1

日記 by phason

"Mechanoradicals Created in "Polymer Sponges" Drive Reactions in Aqueous Media"
H. Tarik et al., Angew. Chem. Int. Ed., in press (2012).

タイトルは不意に頭に浮かんだままにつけた.今も反省していない.

さて,今回はMechanochemistry(メカノケミストリー,またはメカノケミカル)と呼ばれる分野の話である.
Mechano-Chemistryという語の組み立てからわかる通り,これは力学的な力と化学とが絡む現象を扱う学問で,初期の研究を含めれば100年近い歴史を持っている.どういった現象が扱われているかといえば,例えば結晶などの固体に圧力をかけると内部で化学反応が起こるとか,金属等の微粒子を複数種類混ぜてごりごりとすりつぶすと合金化したり(メカニカルアロイング),ポリマーを引っ張ると内部で分子鎖が切断するだとか,超音波をかけると反応が進む,と言ったものが含まれる.なかでも力学的な引っ張りによるポリマーの切断は,例えばゴムを作る際に溶けたゴムをよく練って特性を変える,と言った身近な物質の製造においても働いている現象である(実は攪拌して練っているときに,内部ではポリマーの切断や結合の組み替えが起こり,分子量が減ることで粘性が下がる).

今回の論文で報告されているのは,このようなメカノケミカルな反応を利用することで,小さな力学的な力を化学的なエネルギーへと変換してやろう,と言うものだ.
著者らは,結合が切断される際にはラジカルが生じると思われる点に注目した.例えば炭化水素系などのポリマー(ポリエチレンとか,ポリプロピレンとか)を例に取れば,-C-C-C-C-C-というポリマーの主鎖が切断される際には,-C-C-C· ·C-C-といった感じで結合に使われていた電子対が解離,断片のそれぞれにひとつずつ電子がくっついた状態となることが多い.こういったラジカルは非常に反応性が高く,様々な化学種との間で電子のやり取り&結合の生成を行う高活性な部位となる.ポリマー内部ではそのまま生じたラジカル同士が再結合してポリマーが再生する事もあるのだが,特に表面では外気などに触れているため,酸素や水と迅速に反応する事が予想される.

実験はこうである.まず,外径1.5cm,内径0.7cm,長さ7.5cmのポリマー性の筒を持ってくる.要するにホースの仲間だ.なお材質はPDMS,Tygon,ポリ塩化ビニルなどが用いられているが,結論から言えば基本的には外部(今回は水)と接している表面積だけで結果が決まり,材質にはほぼ依存しない.
このホースの中に水を入れ,側面をぎゅっと押しつぶして変形させる.つまりは水の入ったホースを押しつぶして,断面が楕円になるように変形させるわけだ.これを適度に繰り返すだけで,水の中に過酸化水素が蓄積してくる.
反応経路としては色々考えられるが,簡略化して言ってしまえばポリマーの断裂で生じたラジカルが水分子と反応してOHラジカル(水分子H-O-HのひとつのO-H結合がラジカル的に開裂したH-O·)を生じ,これが2分子くっつくことでH-O-O-Hの過酸化水素となる.つまり,ホースを変形させる → 変形して中のポリマーが引っ張られる → 一部が千切れてラジカルに → 水と反応して過酸化水素が発生,という流れである.
生じる過酸化水素の量は,水と接しているポリマーの表面積でほぼ決まる(ただし,内部で生じたラジカルも,結合交代を繰り返し徐々に表面に移動してくるので,全く関与しないわけではない).生じた過酸化水素の量は,1回の変形でおおよそ0.7mg(水と接している部分の表面積1m2あたり)とそれなりの量.

生じるラジカルの量は,「1回の変形あたり」で決まってくるが,変形に要するエネルギーは硬いポリマーほど大きい.逆に言えば,柔らかくて,しかもスポンジ状のポリマーを使えば,ちょっとの外力でたくさんの結合が切断され,多量の過酸化水素が生じる.そこで柔らかいPDMSでスポンジ状構造を作り,それを押しつぶして過酸化水素を生成させると1Jの押しつぶすエネルギーあたり24.2mg/m2と,単なるPDMSのホースに比べ5倍程度のエネルギー変換効率で過酸化水素が発生した.

さて,過酸化水素はそこそこエネルギーが高く反応性のある分子である.そこで著者らはデモンストレーションとして,ホースの変形で発生させた過酸化水素で3つの化学反応を起こして見せている.

1. 金ナノ粒子の発生
ホースの中に,塩化金酸と水を入れ,しばらくホースの変形を繰り返すと,表面に金ナノ粒子が析出する.これは過酸化水素と塩化金酸が反応し,塩酸+金+酸素に分解するためである.

2. 色素の漂白
水溶性の色素をホースに入れ,ホースを変形させていくと色が徐々に消える.これは過酸化水素が色素を酸化分解する事による.

3. 酸化分解による蛍光色素の生成
靴底に,ホース内に蛍光色素の前駆体(一部がホウ素化されており,酸化により分解して蛍光色素を生じる)を仕込んでしばらく歩く.その後紫外光を当てると,生じた蛍光色素により青く輝く.

まあここで示した3つの例そのものには大した意味は無いが,単純な力学的な変形から高活性な化学種を作るというのは,エネルギー変換であるとか,微少量の化学反応系の構築などで使い道がありそうだ.
また今回,ラジカルを検出しやすい過酸化水素に変換することで,機械的な変形がどの程度分子鎖の切断に変換されているか,と言った部分がきっちり定量化されている.
生じた過酸化水素の量からポリマー鎖が切断された箇所の数を求め,ポリマーを1箇所切断するのに要するエネルギーとの積を取ることで,変形に要したエネルギーの何割が化学的なエネルギー(切断されたポリマー鎖)に変換されたのかを見ているのだが,通常のホースで4-10%程度(硬いホースほど低い),スポンジ状のPDMSに至っては30%にも達する.
これは一般的に思い描くよりもかなり高い変換効率で,力学的なエネルギーが化学エネルギーに転換されていることを明らかにしており,なかなか興味深い.

*ただし,変換効率が30%だからといって,与えた力学的エネルギーの30%がその後の反応で使えるわけではない.ここで言っている30%というのは,あくまでも「与えたエネルギーの30%が,ポリマーの結合を切るのに使われた」という意味である.実際にその後に取り出せるエネルギー,例えば過酸化水素として取り出せるエネルギーであるとか,そこから反応に使えるエネルギーなどはこれよりさらに低下する.

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ナニゲにアレゲなのは、ナニゲなアレゲ -- アレゲ研究家

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