phasonの日記: 実験は量子重力の兆候を検出可能か? 1
"Probing Planck-scale physics with quantum optics"
I. Pikovski et al., Nature Phys., in press (2012).
量子論と相対論の融合を目指した量子重力の研究が盛んに行われているが,その進展は遅々としている.その原因の一つは両者の相性の悪さ(何かというとすぐ発散量が出てくる)であるのは確かなのだが,もう一つの重要な要因として「実験事実がほとんど何も存在していない」というものが挙げられる.
重く大きな物体は相対論だけでほぼ完全に扱える.軽く小さな物体は量子論が完全な記述を与える.そして量子重力が必要とされるのは重く小さな物体なのであるが,そういったものは我々の周囲には存在しておらず,ゆえに実験的な理論の検証や理論に先行する実験事実というものも出てこない.
具体的に考えてみよう.量子重力による効果が効いてくるのは,いわゆるプランクスケールだと考えられている.長さ(プランク長)で言えば10-35 m,エネルギー(プランクエネルギー)で言えば1028 eV.現在の科学技術ではサブナノメートルの測定だって可能であるが,それでもプランク長には20桁以上の開きがある.加速器を見ても,LHCでの衝突実験で10 TeV,プランクエネルギーには15桁足りない.
そのため,量子重力は実験による検証などはほとんど不可能と考えられているのだが,今回著者らは「いや,考え方を変えれば出来るんじゃない?」と提案している.
(新たな手法の提案だけなので,今回は実験は行っていない)
彼らが注目したのは,交換関係に関わる影響である.位置と運動量の交換関係(量子効果に基づく不確定性)は,通常の量子論においてはΔxΔp ≥ h/2πである.しかし量子重力の世界では,距離にも離散性が現れるためにあまりにも短い距離は意味を持たなくなる(「短い距離」で意味を持つ現象というのは波長が非常に短い現象に対応し,それはイコールエネルギーが高い事を意味する.するとそのエネルギーが背景となっている空間をゆがめる相対論的効果が効いてきて,結局距離が大きくなるようなものだ).
そんなわけで,元々の交換関係ではΔpを大きくすればいくらでも位置が細かく決定出来ることになるのだが,量子重力の世界では位置の決定精度にはΔpとは別の制限が付いてくることになる.これを含めて考えると交換関係は修正を受け別な形となる.どのような形になるか,というのは理論によりいくつか形式があるが,論文で例として挙げられているのは例えば
ΔxΔp ≥ h/2π (1+βΔp2/Mpc)
ΔxΔp ≥ h/2π SQRT{1+β(Δp2/c2+m2)/(Mp 2)}
ΔxΔp ≥ h/2π (1-βΔp/Mpc+β2Δp2/Mp 2c2)
といったものである.なお,式中のβは量子重力による修正の強さを表す変数,Mpはプランク質量,cは光速度,mは対象物の質量となる.上式はいずれも右辺にもΔpを含むことから,(古典的な交換関係のように)Δpをどんどん大きくすることでΔxをどんどん小さくする,という訳にはいかず,Δxに下限が生じてくる.
さて,ここで調和振動子を考える.基底状態のいわゆるゼロ点振動では,調和振動子の運動量の不確定性はSQRT(mωh/2π)である.つまり,調和振動子の質量mを大きくすれば,運動量の不確定性もどんどん大きくすることが出来る.
ここで改めて,量子重力効果を含めた上式の交換関係を見てみる.左辺にはΔpの1次の項を含む.一方右辺では,Δpの2次以上の項が含まれる.つまりΔpがどんどん大きくなると,Δxの下限が目に見えて大きくなるはずなのだ.
そこで今回著者らが提案しているのは,小さい(けれどもプランクスケールから見れば巨大な)機械的な振動子を光学的なキャビティに入れ,パルス光と相互作用させる,というものだ.振動子はナノからマイクログラム程度の重さであり,いわゆる量子論的なサイズから見れば極端に大きい.そのため,この振動子の"ゼロ点振動"を捕まえることが出来れば,上記のΔpの値は非常に大きなものとなる.検出に際してはこれを光と相互作用させ,その時の周波数シフトなどを用いる.
一応著者らの大雑把な試算では,ミリケルビンのオーダーまで温度を下げて熱雑音を減らし,可視光程度の周波数を用いれば,今の理論で予想されている量子重力による効果が見えてきてもおかしくはない,とのこと.
なるほど確かに面白い提言ではある.
もちろん,そんなサイズの巨視的な物体の運動が量子論的な調和振動子としてちゃんと扱えるようにするのは大変であるが,巨視的な物体のレーザー冷却であるとか,そういう機械振動子の量子雑音に関する研究などもあるので,まあ不可能ではないかも知れない.もちろん,著者らも述べているように現時点での見積もりはあまりにも大雑把であるし,考慮していないファクターも多々あるのだが,それにしても検出には10桁20桁足りないと言われていた現象が見えるかも知れない,というのは心躍るものがある.
恒星のふらつきを測定して惑星を探すようなもんですね (スコア:2)
太陽系外惑星の発見には確かにそういう方法使いますけどねぇ。 [astroarts.co.jp]
より小さな事象に影響されて動く大きな物体をドップラー効果とか使って高精度に測定すれば、
ターゲットとする小さな事象も観測可能になるってのは、別に天文学に限った話ではないわけですが、
微小な世界の出来事を追う場合にも同じように適用できるというのは興味深いですね。
プランク(なんとか)と名前が付く単位は物理の世界ではおそらく究極の値でしょうから、
登山家の「そこに山があるから」というような理由でも、追う価値はあるだろうと思います。
なんか、名前で検索してみるとさすがというかなんというか、若くて頭の柔らかそうなにーちゃんがヒットしますねぇ。
「電子には上向きと下向きの2つのスピン状態がある」なんていう相対性理論に真っ向喧嘩売るような論文でも
指導教授に「君らは充分若いのでバカなことをしても許されるよ」 [wikipedia.org]って言われて発表されてしまい、
世界を変える論文になったエピソードを思い出します。こういうのは若い人の特権だろうなぁ。