phasonの日記: 有機農法の実力を探る
"Comparing the yields of organic and conventional agriculture"
V. Seufert, N. Ramankutty and J.A. Foley, Nature, 485, 229-232 (2012).
現在広く行われている農法(慣行農法)は,農薬と除草剤の散布により収量低下を回避し,肥料(主に窒素とリン)を与える事で収量の増加を図っている.これは実に良くできた手法であって,現在の食糧生産性は過去に比べると劇的に改善している.
さて,このように優れた慣行農法であるが,問題も無いわけではない.一つは農薬類・除草剤・肥料の大量投入による周辺環境への悪影響である.例えば先進国や農業国における土壌および水系ののリン・窒素汚染はかなり酷い状況になっており,富栄養化を発端とする赤潮・青潮,河川および海水域での生態系の激変などはかなり問題のあるレベルとなっている.もう一つの問題は特にリン資源枯渇の問題であり,下水等からの十分なリン回収・再利用システムを構築しない限り30-50年程度で経済的採掘可能量は限界を迎え,またそのようなシステムが構築されても100年単位で考えるとやはり予断を許さない.これは現在のようなリン系肥料をバラ撒いての収量増加が1世紀以内程度に限界を迎える可能性を示唆しており,何らかの代替手段の開発が求められているわけである.
こういった慣行農法の限界が指摘されると,決まって出てくるのが有機農法である.農薬,除草剤,肥料不使用で伝統的な農法をベースとした持続可能な優れた農法,という観点で取り上げられることが多い.まあ確かに,そこにあるものだけを使って農業を行っているのだから持続可能性はあるのだが,だからといってこれが自然環境に良いとは限らない.何せ,今や人類は70億人もの人間(50年後には90億もの人間)を養わなくてはならないのである.そして,有機農法は収量が少ないのではないか?という点が繰り返し指摘され続けている.単位面積あたりの収量が少なければ,同じ量収穫するためには農地を拡大しなくてはならない.そして当たり前の話であるが,農地の拡大は周辺自然環境の破壊を意味する.何せ農地というのは生物学的多様性の無さ,保水率の低さなど,自然環境としてみた場合には非常に低級な存在なのだ.そんなわけで,慣行農法を有機農法に変えることで,かえって自然環境を破壊する可能性すらあるわけだ.
こういった議論は今後非常に重要性を増していくことは明らかだが,その一方で,議論の基礎となるべき「慣行農法と有機農法ではどの程度収量が違うのか?」という点に関してはあまり系統的な研究が行われていなかった.特定地域などでの比較研究はそれなりに数があるようだが,それらを統一し,全体的な傾向としてはどうなのか?という研究が必要だ.
そこで今回著者らは,既存の研究例をまとめ上げて解析を行う(=メタアナリシス)ことで,有機農法の実力に迫っている.
まず著者らは,メタアナリシスにおいて利用するデータ(文献)を選択している.その選択基準とは,
・有機農法としては,純有機農法を用いたものに限定する.慣行農法との複合では効果が分離しにくくなるため.
・慣行農法と有機農法で,期間,面積などをきちんと揃えて比較された文献のみを対象とする.
・サンプルサイズとエラーがきっちり記された文献を使用する.
・慣行農法としては,十分な肥料が与えられているものを対象とする
まあ単純に言ってしまえば,「ちゃんと条件を揃えて,きちんとした比較研究になってるものだけが対象」という事だ.
では,メタアナリシスから判明した事実と説明を列挙していこう.
・有機農法は,平均して慣行農法の75%の収量しかなかった.
予想通り,基本的に有機農法は収量がかなり低い.まあ,当たり前と言えば当たり前であるが,それでも25%も減るというのはかなり問題である.
・ただし果樹などの多年性植物,豆科を中心とする油種作物の収量は慣行・有機農法でほぼ同等
これの原因としては,主に窒素ではないか?と推測している.豆科植物での根粒菌の影響や,多年性植物での張り巡らされた根による広い範囲からの窒素吸収が,肥料が無くても同程度の収量を確保出来た理由と思われる.
・主要穀物は75%程度
・野菜はさらに悪い(66%程度)
このあたりがだいぶ痛いところだ.日々の主食がかなり影響を受ける.
・弱酸性から弱塩基性土壌では有機農法は比較的良い(慣行農法からの収量の低下がやや低めになる)が,酸性 土壌や塩基性土壌ではがくんと落ち込む.
これは,リン欠乏が原因であるのでは?と指摘されている.酸性や塩基性下ではリンは水分中に十分溶け出してこないことから,リン欠乏による成長抑制が起きていると思われる.
・非常にうまく管理された有機農法では,比較的収量の落ち込みが低い
・有機農法を始めると,最初の年は劇的に収量が下がり,数年かけて緩やかに上昇していく
これらは,有機農法である程度の収量を確保するには十分な経験(その土地の条件にあった管理法の確立)が重要であることを意味している.慣行農法のような,肥料と農薬を撒いておけば誰でもとりあえずそれなりの量が取れる,という楽さとは無縁である.また,数年しないと収量が増えない点に関しては,土壌中の生態系の発達の影響も考えられる(有機農法による土壌の肥沃化).
・灌漑地では有機農法での収量の落ち込みが大きい(-35%).一方,天水栽培ではそこまで酷くはない(-17%)
これは,水と栄養という二つの律速要因があることが大きい.灌漑地では水は十分にあるので,栄養さえあれば収量は劇的に増加する(逆に有機農法では,水は十分にあるが栄養が少ないのでそこまで伸びない).天水栽培では,栄養があろうが無かろうが水がかなり律速条件になるので,有機農法での落ち込みが小さくなっていると考えられる.
・発展途上国での有機農法による落ち込みは-43%と非常に大きい(先進国では-20%)
これに関しては,今回のメタアナリシスで利用する文献をかなり絞り込んだことの影響かも知れないと述べられている.十分しっかりした研究を選んだために,発展途上国での比較対象の慣行農法がその地域の平均値を大きく上回る,近代化された農場やら研究機関の小規模農場やらという論文の比率が高くなってしまったのだ.つまり,メタアナリシスに利用するデータが不十分だったことによるアーティファクトな可能性が高い.著者らは,発展途上国における慣行農法と有機農法の比較に関してはデータが少ないので,今後もっとしっかりそのあたりの研究をしてみたい,とは述べている.
まとめると,「天水栽培で豆科植物を育て,しかも栽培者は熟練の有機農法家,土壌は弱塩基性から弱酸性の範囲」というようなもっとも恵まれた条件なら慣行農法から5%減程度のほぼ同等な収量が確保出来るが,一般的な条件でも有機農法は10%前後,条件次第では30%以上の収量低下は覚悟しないといけない,という結論になる.
まあ多くの人がうすうすわかっていたことではあるが,それでもしっかりと数値として出てきた意味は大きい.
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