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日記

phasonの日記: 捕食者の存在は,回り回って腐葉土の分解速度に影響する 2

日記 by phason

"Fear of Predation Slows Plant-Litter Decomposition"
D. Hawlena, M.S. Strickland, M.A. Bradford and O.J. Schmitz, Science, 336, 1434-1438 (2012).

自然界では食物連鎖によりそれぞれの種が他の種の生息数に影響を与えている.さて,捕食者が他種の生息数に与える影響は,通常は食った食われたの関係による数の増減だけと思われている.しかし今回,著者らは思いもよらない関係が成り立っている事を発見し報告している.
著者らが今回注目したのはバッタとその捕食者であるクモを含む生態系だ.まず結論から書いてしまうと,「バッタを補食するクモがいると,腐葉土(というか,枯れ藁などを含む植物性の廃物)の分解速度が低くなる」という,風が吹けば桶屋が儲かる,とでも言うかのような関係だ.

まず,物事の流れを順に見ていこう.
捕食者であるクモが存在する環境では,バッタには大きなストレスがかかる.ストレスのかかる環境では熱ショックタンパク質(ある程度の高温などでも他のタンパク質がきちんと形を作れるよう折りたたみを助けたりするのでこの名がついていいる)の増産やら代謝の活性化をはじめとして様々な対ストレス機構が駆動される.まあ大雑把に言ってしまえば,外界が住みにくくなった際に何とか生き延びようとする各種機構を働かせるわけだ.
このストレス応答は当然のことながらコストがかかる(コストがかからず生存性が上がるなら,常日頃から動かしているはずだ).そのため捕食者が存在しストレスのかかる環境では,バッタは栄養価の高いえさをどんどん食べ,体内に炭水化物系の栄養を蓄積する.さてその一方,生物の基本元素として窒素が存在するのだが,こちらはなかなか蓄積が難しい事でも知られる.結果として,ストレスがかかり代謝が活性化された生物内では相対的に炭素の量が増え,窒素の量が減少する事が以前から知られている.実際,今回の論文で著者らが調べたストレスフリー環境とクモのいる環境では,C:N比が前者では3.85,後者では4.00と,わずかながら捕食者の存在する環境の方が炭素が多く(窒素が少なく)なっている.

さて,問題はこのC:N比の土壌生態系に対する影響だ.土壌におけるC:N比は,そこに住む微生物の増殖や植物の生長に深く関わっている事が知られている.というのも自然界では有機窒素は比較的希少な栄養素であり,生物の増殖の律速要因の一つだからだ.となると,ストレスフリーな環境でのびのびと育った相対的に窒素を多く含むバッタの死骸と,捕食者におびえながら育った窒素少なめなバッタの死骸では,どちらが(微生物にとって)栄養的に優れているかは言うまでもない.
まず著者らは,ストレスフリーなバッタの死骸と,ストレスありのバッタの死骸を土に埋めた際の分解速度を比較した.なお実験としては,4gの土に対し3.5mg程度のバッタ粉末を加えたらしい.結果,両者の分解速度に優位な差は無かった.これは,バッタの死骸というのが(微生物にとっては)十分すぎるほど栄養に富んだものであるので,まあ不思議はない.

著者らは続いて,「ストレスフリーなバッタを埋めて分解された後の土」と,「ストレスありのバッタを埋めて分解された後の土」に対し藁(に類するもの)500mgを加え,その分解速度を観察した.なお藁というのは微生物にとっては栄養価の低い餌である.するとなんと,ストレスフリーなバッタ(=窒素をちょっとだけ多めに含むバッタ)の側は,2倍の速度で藁が分解されたのだ.
これは驚くべき差である.何せ加えたバッタの量は,藁の量のたった1/140でしかないのだ.しかも主な原因と考えられるC:N比の差(3.85と4)を考えると,含まれている窒素量の差は非常に小さい.にもかかわらず,倍の分解速度,という劇的な差が生まれたのだ.
果たしてこれが本当にわずかなC:N比の差のせいなのか?という部分をはっきりさせるため,著者らは続いて「人工バッタ」を用いて実験を行っている.まあ人工バッタと言っても,バッタの主成分のモデルとしてキチン質やタンパク質などをミックスしたものだが.ストレスフリーなバッタとストレスありのバッタを再現するために,加えるタンパク質の量をわずかに変えて,実際のバッタ同様わずかなC:N比の差を持つように設定されている.この人工バッタ粉末を用いて実験しても,やはり同じように劇的な藁の分解速度の差が観測された.やはり,原因はストレスフリーな方が(ほんのわずかだけ)窒素が多い事にあるようだ.

また捕食者の存在しない地域と,クモなどがそれなりに存在する地域の両方で,バッタが死んだ後の季節に土壌を採取,それぞれに藁を加えたフィールド実験でも同様の結果が得られており,実際の自然界の中でもこの効果は現れていると考えられる.

以上をまとめると,
クモがいる → 焦ったバッタが大食い → バッタ中の窒素が減少 → 微生物の栄養が不足 → 腐葉土の分解速度が下がる
となる.もうちょっと頑張れば桶屋も儲かりそうな雰囲気である.

この研究結果は,捕食者という食物連鎖の頂点にいる存在が,間接的に食物連鎖の最底辺である土中の微生物に対し影響を与えている事を示唆している.このような相互作用はこれまで検討されておらず,生態系というものが想像以上に複雑なネットワークである事を改めて印象づけている.
なんにせよ,こういう予想もしない影響が出てくるところが自然界の面白さであり,また難しさであろう.

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犯人はmoriwaka -- Anonymous Coward

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