phasonの日記: 北極圏における謎の大規模気温上昇
北極圏における謎の大規模気温上昇
"2.8 Million Years of Arctic Climate Change from Lake El'gygytgyn, NE Russia"
M. Melles et al., Science, 337, 315-320 (2012).
現在の気候モデルによる計算では,温暖化の影響は北極圏で顕著に表れると予想されている.過去の気候変動の影響を知る事は,今後起こる事を予想する上で非常に有益であるため,北極周辺では堆積物の掘削などによる過去の気象状況の調査が進められている.これにより,過去にどのような変動があったのか?という点が解明されつつあるのが現状である.
さて,今回の論文で報告されているのは,ロシア極東のEl'gygytgyn湖(位置はGoogle Mapなどで検索していただきたい.カムチャッカ半島から見て北東あたりになる)における堆積物を掘削し,最大で280万年前までの気温と降水量を調査した結果となる.
過去の堆積物中の元素比からは,その当時の気候が推定出来る.今回用いられているのはMn/Fe比やSi/Ti比などである.MnとFeは比較的似通った化学特性を示し,両者が混じった堆積物を生成するのだが,どの程度の酸化条件下か,pHはどのぐらいか,により微妙に堆積速度が変化する.そのため,堆積物中のMn/Fe比から当時の酸素濃度などが推定できることが知られている.水中の酸素濃度は温度や生物活動により変動するが,他のデータとつきあわせる事でそれぞれの影響を分離出来るわけだ.SiとTiは土壌の主成分であり,周辺からの土壌の流入などにより元素量そのものは増大する.その一方で,Siはケイ酸化合物の形で珪藻やイネ科植物などが骨格を作るために利用しており,これらの植物が繁茂している場合はSiを多量に含んだ堆積物が生成され,Si/Ti比が上昇する.これにより,Si-Tiとも上昇している場合は周囲からの土壌流入が激しかった事を示し,特にSi量が増えている場合は植物が生成しやすい環境であった事を示す.
こういった化学分析を元に,過去の気候が再構築された.さて,過去の氷期や間氷期を示すのに,MIS(Marine Isotope Stage)という区分が用いられる.これは元々海洋堆積物中の酸素同位体比から当時の気温を推定して作られた区分で(そのためMarineの語を含む),現在の間氷期をMIS 1,直前の氷期がMIS 2,その前の間氷期がMIS 3,と順次番号付けされたものである.
まず,現在の間氷期(MIS 1)で最も温度が高かった時期(数千年前の縄文海進期)の気温(夏場の平均気温)は現在より+1.6±0.8 ℃高かったと推定される.これは他の研究からの推定値と一致している.次にMIS 5eの気温は現在より+5±1 ℃とそこそこ高い気温になっている.この時期はグリーンランド氷床がほぼ消滅していた時期であり,最近の研究からこのグリーンランド氷床の消滅は,北半球の広い範囲での気候の変動を連鎖的に引き起こしていた事がわかりつつある.北極点を挟んでグリーンランドの反対側に位置するEl'gygytgyn湖でも,同様にかなりの気温上昇が起こっていたわけだ.まあ,これ自体は北極圏が比較的まとまった気候を示しているのでそれほどおかしな結果ではない.
今回の報告で最も劇的なのは,MIS 11c(約41万年前)と31(約107万年前)における超間氷期のデータだ.MIS 11は元々,間氷期にしては異常に期間が長かったり,西南極氷床が溶融していたりと他の間氷期とは様相がだいぶ違う事から,超間氷期と呼ばれている.その一方で,最高気温自体は他の間氷期とさして変わらない事から,「超間氷期」という特殊なものではなく,単に長かった間氷期では?といった議論も尽きない.
さてその時期およびMIS 31のEl'gygytgyn湖の堆積物から推測された極東シベリアの当時の気候であるが,気温が現在より8-14 ℃ほど高いという,異常なまでの気温上昇が示唆された.また降水量に関しても,現代で250 mm程度,通常の間氷期で300-400 mm程度であるのに対し,MIS 11cと31の超間氷期では600 mmを超えるような膨大な値が導かれた.この結果が正しければ,MIS 11cや31は,単に間氷期の長さだけではなく,極域の気候における異常な変動幅からしても超間氷期と呼ぶにふさわしい異変だった事になる.
ではこの現在より8-14 ℃もの気温上昇,何が原因だったのだろうか?様々な先行研究から判明している大気組成(各種温室効果ガス濃度),太陽輻射量の増大を考慮に入れても,これほど大規模な気温上昇を説明するにはまだまだ不足しているらしい.従って,気候システムの何らかのポジティブフィードバックが関わっており,それが極地の気温上昇を増幅していたと考えられる.例えば気温上昇による氷塊の融解 → 海流の変化 → 温度分布の変化であるとか,気流の変動などが関わっている可能性だ.しかし何らかのポジティブフィードバックが必要だろうと言うところまではわかったものの,それが具体的にどんなメカニズムなのかは不明で,今後の研究課題のようだ.
また,前述のようにこの超間氷期時期には南極の西氷床も融解しており,この「未知のポジティブフィードバック」は南半球の気候ともリンクしている大規模なシステムである可能性が示唆されている.
気候システム全体は非常にカオス性が強くなかなか解析が進まない対象ではあるのだが,この手の大規模変動に関するモデル計算は何とか実現してもらいたいものだ.といっても,どの程度計算コストが必要なのかを含めまだまだ未開拓な部分が大きいのではあるが.
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