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日記

phasonの日記: 古いネタを調べ直す:ゴム状硫黄

日記 by phason

後期の授業の準備などしているわけですよ.
硫黄とかについて書いていて,「そういや黄色いゴム状硫黄の話とかあったなあ」と思いだし,調べ直してました.
黄色いゴム状硫黄に関しては以前に/.Jでも取り上げられましたが,某高専の学生が「褐色だと言われてるけど,高純度の硫黄(99.5%)を使うとゴム状硫黄は黄色かったよ!」と報告した,というやつですね.当時もいろいろ問題点(実験上の不備)を挙げましたが,まとめてみると以下のようになります.

・違いを純度に帰しているが,そもそも硫黄の研究者はもっと高純度なものを使っている(5Nや6Nなど).
・新聞掲載時の写真(硫黄を引き伸ばしている)では,どう見ても結晶質の粒を多数含んでいる.
・X線や熱測定などでのキャラクタライズが行われていない(ゴム状硫黄(アモルファス相)だという確認がされていない)

作ったものがアモルファス相なのかどうかの確認が成されていない,というのは結構致命的でして,「引っ張ったら伸びたからゴム状硫黄」というのはちょっと問題があったわけです.

また別の観点から言うと,そもそもゴム状硫黄というのは雑多な分子の混合物だと考えられています.通常,室温では硫黄は安定相であるS8という8原子からなるリング状の分子を形成しています.これが加熱により開裂,直鎖状に繋がっていったり,小さな断片に分解したものの混合物がアモルファス相のゴム状硫黄です.温度が上がると小さな断片が増えるのですが,S3だのといった小さい系は赤色から褐色の色を持つ分子です.つまり加熱によりこういった小分子が増えれば,不純物の有無関係無く色がつくんですよね.
雑多な混合物であることから明らかなように,「ゴム状硫黄」とひとくくりにされている物質でもその構成要素や構造,色は作り方により変化すると考えられています.ですから,「不純物が無ければ云々」という主張をとりあえず忘れれば,黄色のゴム状硫黄自体はあっても良いかも知れない,とは言えます.まあもっとも,不純物があるとS8の開裂速度や直鎖の伸張・分解速度が変化しても良いので,そういう間接的な影響はあるかも知れませんが.
(ただ繰り返しになりますが,元の高専生の話ではゴム状硫黄であることを確認していない点は大きな問題)

さて,調べていたところこれに関連して面白い論文を見つけました.

"Understanding exceptional thermodynamic and kinetic stability of amorphous sulfur obtained by rapid compression"
P. Yu, W. H. Wang, R. J. Wang, S. X. Lin, X. R. Liu, S. M. Hong and H. Y. Bai, Appl. Phys. Lett., 94, 011910 (2009).

論文がオンラインで公開されたのは奇しくも前述の高専生の発表があったのと同じ2009年の1月(何という偶然).まあ論文の投稿自体は当然もっと前になるのですが.
この論文以前に著者らは,Rapid Compressionという手法を開発しています.どういうものかというと,物質を加熱して液体にした状態で瞬間的に高圧を印加,原子間距離を無理矢理縮めて固体(原子があまり移動出来ない状態)としてしまいます.そのまま徐冷することで,高温の液体と同じ構造を保ったままアモルファスな固体として取り出す,というものです.発想としては高温の液体を急冷してガラス状態にする,というものに近いのですが,冷却ですと物質の外部と内部で冷却速度の差により歪みが生じたり,冷却速度が不十分(表面での熱移動速度とか,内部への熱伝達速度が遅いとか)で部分的に結晶化や相転移が進んでしまったりするのに対し,Rapid Compressionでは全体が均一に押し固められたまま室温に持ってこれる点が大きな違いになります.
(室温まで持ってくると,圧を取り除いてももうエネルギーが足りなくて構造が緩和出来ない=液体状態の構造のまま身動きが取れなくなる,という事が期待出来る)

さてこの2009年の論文で著者らはこの手法を硫黄に適応したのですが,そうするとなんと透明なゴム状硫黄(アモルファス硫黄)を得ることに成功しました.直径2cm程度,厚さ1cm弱程度の錠剤状として得られていますが,グニャグニャ曲げたり,引っ張って伸ばしたりと,その力学特性はまさにゴム状硫黄.粒なども全く確認出来ず,我々が身近に見るゴム板のようにのっぺりとしたやわらかな固体です.その一方で,この円盤を通して向こう側の字が読めるなど透明性も高く,その点は既存のゴム状硫黄とは大きく異なります.
X線回折を見ると結晶由来のピークは一切無く,アモルファス相特有な平均原子間距離に由来する非常にブロードなピークのみが確認されます.また熱測定においても通常のゴム状硫黄と同じ温度でガラス転移(温度を下げていくとゴム状の軟らかい相からガラスのようなカチッと固まった相へ転移する)が確認され,確かにゴム状硫黄であることがわかります.
しかしその一方で,この新たな「透明ゴム状硫黄」の熱安定性は「通常のゴム状硫黄」とは大きく異なっています.ガラス転位点以上ではゴム状硫黄は徐々に分解して結晶相へと転移してしまうのですが,その速度がこの新たな「透明ゴム状硫黄」では1-2桁ほど遅いのです.そのため著者らは,「ガラス状態の研究とか,硫黄の構造転移の研究にはこのRapid Compressionで作ったゴム状硫黄が適してるんじゃない?」と述べています.

まあこれらを含めた結論として
・黄色透明なゴム状硫黄自体は作成可能
・その透明ゴム状硫黄は,微視的な組成か構造が通常のゴム状硫黄とは異なる
・高専での結果そのものは,X線なり何なりのキャラクタリゼーションが出るまでは保留
という感じでは無いかなあと.
最近の理論計算では,「実はY字分岐した構造(ある1つの硫黄原子から,3方向に鎖状構造が伸びる)とかもあるかもよ?」とかまで示唆されているんで,まだまだアモルファス相の構造には謎がいっぱいです.

しかし講義の準備とか超大変.1時間半の講義の準備に,2-30時間かかってますよ!
……いやまあ,関連することとか最近の進展(意外に実験だの理論だのの進歩で本の内容が嘘になっていたりする)を調べまくってるのがいけないんですが.ほら,調べ出すとなんか楽しくなるわけで.

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