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日記

phasonの日記: アミロイドβ模倣体はタンパク質の凝集を防ぎアミロイドの毒性を低減する

日記 by phason

"Amyloid β-sheet mimics that antagonize protein aggregation and reduce amyloid toxicity"
P.-N. Cheng, C. Liu, M. Zhao, D. Eisenberg and J.S. Nowick, Nature Chem., in press (2012).

かつて生化学の世界では,タンパク質は最安定な唯一の構造に折りたたまれ,それが機能を発揮していると信じられていた.しかしその後様々な疾患において「異常な形状に折りたたまれたタンパク質」が集積しており,それらが毒性を持つ事が明らかとなってきた.こういったタンパク質の異常な(間違った)折りたたみに由来する(と考えられる)疾患はフォールディング病(もしくはミスフォールディング病)と呼ばれる.代表的なフォールディング病としてはアルツハイマー病,ハンチントン病,パーキンソン病,プリオン病,透析アミロイドーシスなどが知られている(*).

*これらの疾患においてはミスフォールディングを起こしたタンパク質の集積構造(アミロイド)が生じる事が知られている.そのためこれら異常タンパクが病気の原因ではないかと考えられているが,因果関係のはっきりしていないものも多い.そのため,「病気と異常タンパクの両方を引き起こす別な共通の原因があり,異常タンパクは病気の原因では無い」,という可能性が今のところ否定出来ない疾患も多い.

アルツハイマーなどで観察されるこの異常タンパクの凝集構造(アミロイド)では,βシート構造と呼ばれるタンパク質の高次構造が重要な役割をしている.タンパク質というのはアミノ酸が1列に結合した分子であるが,鎖を引き延ばし,適度な長さで折り重ねてシートを作ったような構造だ(このページの用語解説の4番を参照のこと).水素結合が鎖間を結び,シート状の構造を安定化している.
このβシート構造自体は正常なタンパク質中でもよく確認される構造なのだが,アミロイド中ではこのβシートを隣接分子間でさらに重ね,何重にもスタックした形状をとっている.要するに,互いに引きつけ合うシート状の磁石を何枚も重ねてしまったようなもので,非常に強い安定化が働き大きな集合体に成長していくのだ.

このようなシート構造のスタックが病気の原因であるなら,そのスタックを阻害するような薬品を用いれば予防出来るだろう,というのは素直な発想である.しかしこういった薬剤の開発を含め,アミロイドを研究する上で大きな問題が存在する.実はこういったアミロイドに関して,その構造があまりよくわかっていないのだ.中心部に非常に強固な引力で結ばれたβシートがある事,その周辺にそこそこ強固に結びついた領域があり,さらに外側はフレキシブルな部位がある事,という程度はわかっているのだが,原子レベルでの構造はまだ解明されていないと言って良い.これは現実のタンパク質はアミロイド化しにくく(何せすぐアミロイド化するようならその生物は死んでいる),結晶化するのに非常に時間がかかり(実験室系で1~数年という事もよくあるらしい),それだけ時間をかけた結晶も非常に質が悪い(そのためX線などでの構造解析が困難)という事に由来する.
そこで最近の流れとしては,生体中の正常なタンパク質よりももっとアミロイド化しやすいタンパク質を人為的に作成し,それを凝集させることでアミロイド(の人為的な類似物)の構造に関する情報を得てやろう,という研究がいくつも推進されている.今回の報告も,そういった流れから生まれたものである.

著者らが作成したのは14個のアミノ酸からなるリング状の人工分子ABSMである.構造としては上辺に7つのアミノ酸からなる直線構造(βシートの部分構造である,直線状のβストランド)がある.下辺も直線状ではあるが,(アミノ酸2つ)-(Hao)-(アミノ酸2つ)という構成になっている.ここでHaoというのはアミノ酸3つ分程度の長さを持つ分子で,上辺との間に強い水素結合を作ることでリング全体の構造を細長い棒状(βストランド構造)で安定化させ,さらに下辺外側では隣接分子との水素結合が弱いように作ってある.そしてこの上辺7つ,下辺4+1のチェーンの両端を,フレキシブルなアミノ酸で繋いだリングが全体構造である.図で書けばこんな感じだ.

⌈-(a)-(b)-(c)-(d)-(e)-(f)-(g)-⌉
⌊-(k)-(j)---(Hao)---(i)-(h)-⌋

さてこの部分構造,上辺の(a)-(g)間がβストランド構造であり,既に形成しつつあるアミロイドのβシートにくっつくことが出来る.その一方で下辺はHaoの部分で相互作用が弱く,こちら方向にはβシートが伸びにくい事になる.つまり,βシート構造で積み上がっていく分子をここでストップし,アミロイドへの集合を阻害することが出来るわけだ.
さらにこの分子の面白いところは,(a)から(k)のアミノ酸を変化させることで,多種類のタンパク質の作るアミロイドと同様の配列を作れる点である.例えばアルツハイマーと関係していると考えられるアミロイドβ(Aβ)やタウタンパク,イーストのSup35プリオンタンパク,ヒトプリオンタンパク,透析アミロイドの原因であるヒトβ2ミクログロブリン(hβ2M),パーキンソン病と関連するヒトα-Synuclein(hαSyn),糖尿病で見られるhIAPPといった多種多様なアミロイドと同様の配列を持った分子が作成されている.

実際のこの分子の働きであるが,著者らはまずアミロイドの成長に対するこの分子の添加効果を測定した.アミロイドの構成要素となるAβ40およびAβ42(いずれもアルツハイマーでよく観測される),hβ2M,hαSynそれぞれに対し,ABSM無し,0.2当量(分子数でタンパク質の20%),0.5当量,1当量を加えたときの,アミロイド繊維の形成までの時間を測定した.
その結果であるが,いずれのケースにおいてもABSMの添加によりアミロイド繊維の形成までの時間に顕著な伸びが確認されている.例えばAβ40で言えば,ABSMを加えないときには100分ほどで繊維構造が形成されていたものが,0.2当量加えると260分程度,0.5-1当量の場合で400分以上とかなりの抑制効果が見られた.hαSynの場合は特に顕著で有り,ABSM無しで250分程度だったものが0.2当量加えると350分程度,そして0.5当量以上ではついにアミロイド繊維は形成されなくなった.
実際の細胞毒性への影響も調べるため,Aβ40およびAβ42を神経のモデル細胞(PC-12,ラットの副腎褐色細胞腫を誘導したもの)に作用させ,その生存率を比較している.投与無しの生存率を100%に規格化したところ,Aβを投与すると生存率は60%弱に低下していたものが,同時にABSMを0.2当量を投与すると70%弱,1当量で70%,5当量で90%弱と,生存率に大きな向上が見られた.これは加えたABSMがAβの集積を阻害し,その毒性を弱めたためだと考えられる.

この手のアミロイド化阻止分子としては単鎖状の分子などが知られているのだが,その場合は漂っているAβ40などと1対1の結合を作って不活化している.それに対し今回の例では,加えた量が1当量以下でも顕著なアミロイド形成速度の低下が確認されていることが大きな違いである.この点から著者らは,今回報告されているABSM分子は,ある程度の数のアミロイド前駆体が集合したクラスター状の構造に張り付きその状態を安定化,それ以上の成長(アミロイド繊維の前段階である「核」の生成)を阻害しているのでは無いか?と推測している.

単一の基本構造の周辺をモディファイするだけで様々なアミロイドの生成を阻害出来る,という点はなかなか面白い.また,分子全体の構造も比較的小規模&シンプルであり,様々な派生が作りやすそうでもある.
なお,この研究が進めばアミロイド化を防止する予防薬なども将来的には実用化出来るかも知れないが,短期的には様々な難しい問題を抱えている.例えば最近判明してきた事実として,アルツハイマーに関連する(と考えられている)Aβは,どうもアミロイド繊維よりも,その前段階の水溶性のオリゴマー(少数のAβ分子の集合体)の方が毒性が高いのでは無いか?というものがある.この場合,下手にアミロイド化を阻害すると,「繊維にまで成長しないけれどオリゴマーにはなった」というような毒性の高い化学種をむしろ増やしてしまう可能性も指摘されているのだ.
まあそのあたりも含めまだまだ時間はかかるのだが,将来性に期待.

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私は悩みをリストアップし始めたが、そのあまりの長さにいやけがさし、何も考えないことにした。-- Robert C. Pike

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