phasonの日記: 平滑化する海底
"Ploughing the deep sea floor"
P. Puig et al., Nature, 489, 286-289 (2012).
底引き網漁,である.
底引き網漁と言えば,水産資源を種の区別無く根こそぎ収獲し,あげく浅海底に生息する海藻類やら深海のゴカイだの貝だの甲殻類だのの生息域から魚礁までまとめて粉砕することから,最近では非常に悪名高い漁法だ.我々日本も,中韓ともに世界の海を荒らし回る悪名高き三兄弟の一角を占めているわけで,なかなか耳に痛い.まあこの三国は世界の海に限らず,自国の海も荒らし回って水産資源が壊滅状態なわけですが.
話がずれた.
まあ規模や頻度はともかく,20世紀以降に底引き網漁は多くの国で行われており,その水産資源に対する影響は一つの大きな研究対象となっている.そんな中報告された今回の論文も底引き網漁の自然への影響ではあるが,既存の報告とはやや毛色が異なる.
今回報告されているのは,底引き網漁による海底地形への影響である.どういうことかといえば,「底引き網漁(特に最近のもの)は,丈夫な網と強力なエンジンで海底を非常に強く網でさらう.であるならば,海底は削られて形状が変わるのでは無いか?」という事であるらしい.私自身は,言われるまでそんな事があり得るとは考えもしなかったのだが,報告されている結果は劇的である(なお,もっと浅い大陸棚などでの同様の研究は過去にもあるらしい).
調査されているのは,バルセロナ沖合から北東あたりにかけての大陸斜面である(著者らはスペインのグループ).大陸斜面というのは,比較的平坦な大陸棚から,同じく平坦な海底に向かって傾斜している領域のことで,深度で言えばおおよそ200-3000 m程度になる.この領域の海底地形を詳細に探査したところ,底引き網漁が行われている水域で顕著な海底地形の平滑化が観察された.これは,具体的に図を見てもらった方が良いだろう.Supplemetary Informationの図2(7ページ目)および3(9ページ目)を見ていただきたい.
http://www.nature.com/nature/journal/v489/n7415/extref/nature11410-s1.pdf
(なお,6ページ目の図が異常に重いので,そのページを開いてしまった場合は応答が返ってくるまでしばらく待つ必要があるかも知れない)
図2の黄色で示した部分が,底引き網漁が行われた位置である.そして図3の地形のデータを見ていただきたい.底引き網漁の行われている地点の海底が,びっくりするほどつるつると平らになっている.ここまで影響があるというのはびっくりである.何というか,その位置だけまるで解像度の低い画像が張り付いているかのようだ.
具体的な海底の様子が同じくSupplementary Informationの図5に示されているが,(底引き網漁に由来する一方向に並んだ線状構造を除き)見事なまでに海底の起伏が無くなっている.ここまで削られるとは凄いものだ.
海底の起伏というのは様々な種の棲み分けを作るための基盤となっている.細かい岩場の隙間を好む種や,砂地の中に潜り込む種,といった具合だ.今回観測されたような海底の平滑化は,こういった条件を破壊し,単一の条件にしてしまうことに相当する.これは,生態系の多様性の面から考えるとかなり危険な状況となり得る.陸上で言えば,様々な地形(と様々な植生)があったところを全て平地の草原に整地してしまったようなものである.また同時に,海底における生態系を支える重要な栄養源である海洋上面からの様々な物質の沈降・堆積においても,海底地形の変化は影響をもたらす可能性が指摘されている.平坦な地形であると言うことは上から降ってきた物質が海流などにより容易に流出する可能性があるわけで,そういった影響も今後評価する必要があるだろう.
しかしまあ,ここまで真っ平らになるとは,日々の小さな努力の積み重ねというのは大したものだ.
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