phasonの日記: 螺旋の炎が作るレンズ 6
"Focusing light with a flame lens"
M.M. Michaelis, C. Magusire, J.-H. Grobler and A. Forbes, Nature Commun., 4, 1869 (2013).
言うまでも無く,レンズというのは光学系において非常に重要な部品である.その重要性はレーザー使う系においても変わることはなく,もともと高いエネルギー密度を持つレーザーをさらに集光することで尋常ではないエネルギー密度を実現することが出来る.通常の波長域でのレンズは様々な固体材料で作成されており,その形状により光を屈折させ集光させている.
レンズというものが光を集光するものである以上,それ自体に光が当たるのは避けられない.ところが高強度レーザーにおいてはこれが問題となってくる.透過率100%の材料や反射率100%の材料が存在しない以上,レンズに当たったレーザーの一部は必ずレンズに吸収されてしまう.このためあまりに強いレーザーをレンズに当ててしまったり,レンズの表面に微細な汚れ(手の脂やら,空気中の埃やら)が付着しているとそこで強い吸収が起こってレンズ自体を破壊してしまう.これは高強度のレーザーを扱おうとすると避けては通れない問題であり,レーザーを扱ってきた人にとっては集光のしすぎや汚れによりレンズを破壊してしまった経験は良くあることだろう.
さて,通常のレンズは「均一な屈折率を持つ固体の外形を整えることで集光する」という仕組みなのだが,これとは異なる構造によるレンズも存在する.その一つが傾斜屈折率を利用したレンズである.例えば,外形は単純な円盤であるが,中心軸に近いほど屈折率が高く,側面に近づくほど屈折率が低くなるように作った固体があったとしよう(例えばポリマーの配合比が徐々に変わるようにしたりするとこういう材料が作成できる).光にとってみれば屈折率の高い素材というのは実効的な光路が長いことを意味するから,この「物理的には円盤だが,中心ほど屈折率が高い固体」は,光にとってみれば「中心に近いほど厚みの大きい凸レンズ」と同じ働きをする.つまりレンズになるのだ.
さらにもう一歩考えを進めると,この「屈折率に勾配がある材料」というのは何も固体に限らなくても良い事がわかる.例えば円筒形のパイプの中で,中心に近いところほど密度の高い気体(屈折率の高い気体)が流れ,壁面近くは密度の低い気体(屈折率の低い気体)が流れている,と言う状態は,そのままレンズとして使用できるわけだ.こういった構造によるレンズを気体レンズ(gas lens)と呼ぶ.
気体レンズの最大の利点は,その損傷に対する強靱さである.固体ではないので,レーザーによる破壊を非常に受けにくい(固体の場合,急熱により割れたりかけたりしやすい).さらに万が一レーザー強度が強すぎて破壊(=その部分がプラズマ化)されても,気体の流れによりすぐに修復される.このため気体レンズは,高強度レーザー用のレンズとして注目されているわけだ.
しかしそんな気体レンズにも大きな欠点が存在する.それを説明するために,まず代表的な気体レンズの構造を見てみよう.このレンズの構造は,ヒーターや火によって加熱される金属パイプである.この中を気体が左から右へと流れていく.壁面では気体が加熱され膨張し密度が低下(=屈折率が低下),一方中心軸付近ではあまり加熱されないため気体の密度は高い状態を維持する.この金属パイプの中心軸に沿ってレーザーを入射すると,パイプの反対側からは集光されていくレーザーが放出される,という仕組みだ.
しかしその構造からわかる通り,この気体レンズはあまり長さを長くとることが出来ない.と言うのも,あまり金属パイプ部分が長いと,気体が流れていく途中で中心軸付近まで満遍なく加熱されてしまい熱勾配(=密度勾配)が消失,もはやレンズとして働かなくなるためだ.またパイプ径が大きすぎてもいけない.中心軸から外側へのきれいな熱勾配を維持するには乱流などが発生してはいけないし(そのためきれいな層流が出来るサイズが限界),半径が大きすぎると外壁に近いごく一部のみで温度勾配が発生,それ以外の中心軸に近い部分がレンズとして全く働かなくなってしまうためだ.そのため気体レンズはあまり光を急には曲げられず,焦点距離が極端に長くなってしまうと言う欠点がある.
今回著者らが報告しているのは,炎をダイレクトに利用する事でより極端な温度勾配を付け,それにより実用的な焦点距離を実現した気体レンズの作成である.
前述の通り,気体レンズは温度勾配(等)により発生した気体の密度勾配をレンズとして利用する.そのため,温度勾配が大きければ大きいほど分厚いレンズ,つまり焦点距離の短いレンズを作ることが可能である.通常の気体レンズでは赤熱する程度に熱した金属パイプを利用するのだが,今回著者らはそれに加えて螺旋状に旋回する炎そのものを利用するという手に出た.
まず著者らが作成した気体レンズの構造を説明しよう.初段は通常の気体レンズであり,直径10 mm,長さ5 cmのステンレス製の円筒である.空気を流しながらこの円筒を400 ℃に加熱することで内部に温度勾配をつけ,通常の気体レンズとして利用する.普通と違うのはここからだ.著者らはこの通常の気体レンズの直後に,ステンレス板を「6」に似た形状に曲げた長さ2.5 cmの筒を取り付けている.「6」と書いたが,くるっと丸まった後の部分は繋がっていない(Gという字の方が近いかも知れない).これが著者らが言うところの「flame lens」なのだが,この筒の開口部に対してバーナーからの高温の炎を直接入射する.すると何が起きるかというと,「6」の字の突き出た部分(上に飛び出ている部分)に当たった炎は曲げられ円周に沿ってぐるりと回転,「6」の字下部のほぼ円形の部分に導入される.この部分では,外周によって無理矢理曲げられながら進むとぐるぐると回転運動をすることになる.炎は「6」の字型の筒の軸向きにやや斜めに入射している&直前の通常の気体レンズを通ってきた空気が一方向に向け流れているので,円運動+直進運動により,炎全体はこの「6」の字の筒の中を螺旋状に進んでいくことになる.
この状態をよく考えてみよう.
「6」の字の筒の壁面近くは高温の炎(1000 ℃を超える)が螺旋を描きながら運動している.その一方で,筒の中心近くは直前の気体レンズから流れてきた(相対的に)「冷たい」空気が直進する.つまり全体として,非常に大きな熱勾配を持った円筒が出来上がるわけだ.これはすなわち,これまでの通常の気体レンズよりもより強いレンズ(=焦点距離の短いレンズ)が作れる事に等しい.
こんな「螺旋状に伸びる炎」なんていう揺らぎの大きそうなものをレンズにして,きちんと集光できるのか疑問に思うかもしれない.著者らが実際に実験してみたところ,He-Neレーザーを0.5 mm弱程度のスポットに集光することに成功している.レーザーの集光としてはやや物足りないスポット径だが,これはこの気体レンズそのものの半径が小さいためやむを得ない所もある(レンズの半径が小さいと,集光できる限界が大きくなる).実際,0.5 mm弱というスポット径は既に回折限界の数倍程度という小さな値であり,そこそこの集光性能を実現してはいるわけだ.エネルギー密度から見ると,1010 W/cm2で入射してきたレーザーを,2 mちょっとという実用的な短い焦点距離で,1016 W/cm2程度の密度にまで集光できている.入射光としてはさらに3桁ほど大きな所まで行けたようで,「高エネルギー密度のレーザーを当てても大丈夫」という気体レンズの特性が生かされている.
また面白い点としては,バーナーからの炎を止めると(後段の)レンズが消える点である.炎(による熱勾配)をレンズにしているのだから当然ではあるが,瞬時に集光のon-offを行えるのは何か使えるかも知れない.
現時点での問題点としては収差が挙げられている.理論的に予想される収差よりかなり大きめの値が出ており,このあたりは炎の形状の最適化などがまだ行われていない点がかなり大きいのではないかと考えられる.なにせflame lens部分の曲げたステンレス板も,「とりあえず曲げてみました」という感じの,あまり工作精度を感じさせないものを利用していたりするのだ.
炎をレンズに使うというのは何とも面白い発想だ(少し前からそういう研究はあったようだが).実験の見た目自体も,青白いバーナーの炎が吹き付けられ,熱した金属が怪しい赤色光を放ち,その中を螺旋状の炎が吹き抜けつつ中心をレーザーが突き抜けてくると言う,何とも愉快な事になっている.実験室内にこういう実験装置が所狭しと並ぶようになると,怪しさ爆発で大変素晴らしそうだ.
管状火炎であればいいのでしょうか (スコア:2)
次世代型バーナシステムの開発 [jsme.or.jp]
にあるような複数のスリットノズルを持つバーナーの方が良さそうに感じました。
しかし光学部品に使うという発想はなかったですねぇ…。
Re:管状火炎であればいいのでしょうか (スコア:1)
そういうのもあるんですか.
中心部を流れる冷たい空気との温度差が付けられれば,いけそうな気もしますね.
#まあ,自分がやったことないんで「気がする」止まりになっちゃいますが.
Re: (スコア:0)
どうやったらいいのかわからないけど、そもそも(熱い)レーザーで囲んだらいいんじゃないのでしょうか
#ダメだからやってないんだろうけど
Re: (スコア:0)
レーザーで気体を暖めようとすると、気体が吸収できる波長じゃないといけない。
でもそもそも空気とかってあまり光を吸収しないし、逆に吸収するような波長(紫外の短いほうとか)だと減衰が速くてレンズとして使えるほどの温度勾配の領域がものすごく短くなる気がする。
光り物が好き (スコア:1)
発光する実験装置が大好きです。
クルックス管とか、プラズマボールとか。
Re:光り物が好き (スコア:2)
この実験レベルのれぇざぁ光線は人間の目で見るにはちょっと明るすぎると思うんだ。
サングラスとかで減衰させても網膜焼いちゃうんじゃなかろうか。
プラズマボールは自分もよく遊んでましたね。
電源入れっぱなしにしてるうちに高圧基板が焦げちゃったけど。