phasonの日記: 休眠状態の細菌にも有効な新たな抗菌剤 2
"Activated ClpP kills persisters and eradicates a chronic biofilm infection"
B.P. Conlon et alm, Nature, 503, 365-370 (2013).
抗生物質の開発は人類社会の衛生状況を劇的に改善したが,万能というわけでは無かった.よく知られているのは耐性菌の発生であるが,もう一つ,「休眠状態にある細菌への対処」というやっかいな課題が残されている.
通常用いられている抗生物質のメカニズムは,細菌の重要な代謝経路の一部をブロックするというものである.細菌が生きていくためには様々な化学種を生成する必要があるが,抗生物質はそのうちのどれかを合成するタンパク質に特異的に結合しその機能を阻害する.その結果,生存に必要な物質を作れなくなった細菌が死滅するわけだ.
ところが,細菌には長年の進化で培ってきたこれら環境変化への対処法が存在する.それが休眠状態への移行である.生存環境の悪化(栄養状態の変化や,抗生物質など危険な化合物の濃度上昇)を感知すると,細菌の一部は代謝を極端に落とし,休眠状態へと移行する.この状態では体内での代謝はほとんど行われておらず,それゆえ抗生物質もほとんど効果を及ぼさない(何せ,ブロックすべき代謝そのものがほとんど動いていないのだ).こうして一部の細菌は抗生物質の投与を生き抜き,抗生物質が体内から消えた頃を見計らって再び活動を再開するのだ.この休眠状態からの再発病は多くの疾病で問題となっており,例えば結核を抗結核剤で完全に治癒するのはなかなか難しい事が知られている.多剤の同時投与を数年間続けた場合でさえ一部の細菌が休眠状態を利用して生き抜き,かなりの年月が経ってから再発するという場合が数パーセント程度の確率で存在する.
そのため,休眠状態の細菌を駆除できる手法の開発が精力的に進められている.例えば以前紹介した手法では,外部との物質のやりとりが少ない休眠状態の細菌に対し,うまいこと薬剤を取り込ませる手法を開発することで抗生物質の効果を上げる事が出来た,という結果が報告されている.
さて,今回の論文で報告されているのは,通常の抗生物質とはその効き方がだいぶ異なる物質である.前述の通り,通常の抗生物質は「細菌内で活発に動いている必須の代謝を止めることで細菌を駆除する」というものであり,それゆえ代謝がほとんど止まっている休眠状態の細菌への効果は低かった.これに対し今回報告されたのは,「休眠している細菌内のタンパク質分解プロセスを加速し,それによる自食で自壊させる」というものである.
著者らが目を付けたのは,ClpPというタンパク質分解酵素を活性化するADEP4という化合物である.タンパク質はアミノ酸が脱水縮合してできるペプチド結合で順次繋がった分子であるが,ClpP(などのプロテアーゼ)はそのペプチド結合を加水分解する作用がある.プロテアーゼはタンパク質にとりつきその構造を認識,異常な折りたたまれかたをしてしまったタンパク質や短かったり長かったりした不良品のタンパク質だとわかるとそれらを分解して材料へと戻すというリサイクルシステムを担っている.ClpPもその一種で,通常時はタンパク質を加水分解する活性部位は閉じており,タンパク質が異常だと認識すると細胞内にあるATP(*)からエネルギーを引き出して活性部位を開き,捕まえたタンパク質を分解する.
*高いエネルギーを持つ分子であり細胞内のエネルギー通貨.細胞はエネルギーをATPの形で蓄えておく.エネルギーが必要なタンパク質は,ATPを捕まえてこれを加水分解,その時に発生するエネルギーを使って様々な反応を駆動する.
今回用いられたADEP4という物質は,ClpPと結合してその活性部位を開きっぱなしにしてしまう化合物である.タンパク質の加水分解自体は自発的に進む発熱反応なので,活性部位が開いたままのClpPはタンパク質にとりついては切る,とりついては切る,と,周囲にあるタンパク質を片っ端から切っていく物質へと変化してしまう.これを利用して細菌を殺そうというわけだ.これなら,代謝がほとんど止まっている細菌であっても関係無く排除できるはずである.
ただ.懸念が一つあった.プロテアーゼは対象となるタンパク質がある程度決まっているので,ClpPが破壊できるタンパク質の種類が少ない場合,細菌に対し致命的な影響を与えられないかも知れない.実は過去の他のグループの研究で「ClpPは,増殖途中の細菌でよく使われるFtsZというタンパク質がターゲットだから,どんどん増殖している細菌に対して効果が高いよ」という報告が成されている.もしFtsZ(=増殖途中でだけ量が多い)にしか作用しないのなら,休眠状態の細菌への効果はゼロである.
というわけでまずは「どれだけのタンパク質に効果があるのか?」の検証である.まずメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA,多剤耐性菌の代表例)をターゲットに選び,休眠状態で発現しているタンパク質を調べたところ1712のタンパク質を検出した.次いでこの細菌に対しADEP4を投与したところ,検出量が減少したタンパク質が243種類(確度95%以上),少なくとも一部が切断されたタンパク質が174種類(同95%以上)と,少なくとも417種類のタンパク質を破壊できることが明らかとなった.過去の報告とは異なり,ClpPの活性化は増殖途中以外においても細菌中の多数のタンパク質を破壊できるようだ.
では実際の細菌に対して,どの程度の殺菌効果があるのだろうか?ADEP4や様々な抗生物質を投与し,細菌数の増減をモニターしている.ここでは実に様々な実験が行われている.
例えば,黄色ブドウ球菌にシプロフロキサシンを投与すると6時間でその数を1万分の一程度に減らすが,このあたりで休眠状態に入り始めるため24時間後に10万分の1になった後,細菌数はほぼ横ばい(か微増)で休眠状態の細菌が生き延びる.6時間後の段階で2つめの抗生物質であるリファンピシンを投与しても,細菌数の推移は全く変わらない.これは残存している細菌は,薬剤耐性を獲得したから生き延びているわけでは無く(それなら違う種類の抗生物質が効く),休眠状態に入ったためにほぼ全ての抗生物質が効かなくなったためだ.一方,6時間後の状態にADEP4を投与すると劇的な効果を発揮する.細菌数はさらに4桁ほど減少し,検出不能(=ほぼ駆除)となったのだ.これは,著者らの目論見通り,ADEP4が休眠状態の細菌内のClpPを活性化,休眠状態の細菌内のタンパク質をずたずたに切り裂くことで自壊させることに成功しているためだ.
では,最初から休眠状態に入っている細菌集団の場合はどうだろうか?休眠状態の細菌に対し,シプロフロキサシン,リファンピシン,バンコマイシン,リネゾリドという代表的な抗生物質を投与しても,細菌数の変化は全くと言って良いほど確認できなかった.一方ADEP4の場合,1日後には4桁ほど数が減るという劇的な効果が確認された.確かにADEP4は休眠状態の細菌に良く効くらしい.
ただし,ADEP4投与後2日目でも同数を維持するのだが,3日後からは数が増加する傾向が見られた.これは,ADEP4が活性化するClpPは実は黄色ブドウ球菌にとっては生存に必須では無いため,ClpPを持たない(もしくは通常とは異なる変異型のClpPを持つ)突然変異型の黄色ブドウ球菌というのが発生しやすいためだ(生存に必須な部分の場合,変異≒死なので変異は起こりにくい).要するに,ADEP4は「休眠状態の細菌にも良く効くが,ADEP4耐性菌は容易に生まれる」という特徴があると言える.
ならばADEP4はあまり役に立たないのかというと,そうでは無い.ADEP4と既存の抗生物質を休眠状態の黄色ブドウ球菌に同時に投与すると,細菌数を劇的に減少させほぼ検出限界程度にまで落とすことが出来たのだ.
さらに実験を進めた結果,面白い結果が判明した.
・ClpPが正常なら,休眠状態であろうとADEP4で効果的に殺菌できる.
・ClpPが異常な細菌にはADEP4は効かないが,そういう細菌は休眠状態であっても抗生物質がそこそこ効く(1/100程度に数を減らせる).しかも,熱耐性も激減する(高温で死にやすい).
つまり,ClpPそのものは黄色ブドウ球菌の生存に必須では無いが,欠けると薬剤耐性や熱耐性が激減し,他の手法での殺菌が非常に行いやすくなったのだ.
従って,既存の抗生物質とADEP4とを組み合わせると非常に強力な殺菌作用を発揮することとなる.片方に強い菌はもう一方に弱く,両者に強い菌というのはほとんど存在しない.
著者らは研究用の株に加え各地の医院で検出された黄色ブドウ球菌3株(代表的な多剤耐性株であるUSA300,毒性が強く骨髄炎を引き起こすUAMS-1,多剤耐性のMRSAがさらにバンコマイシン耐性まで獲得したStrain-37)を用いて実験を行った.その結果,これら全ての株において,リファンピシンとADEP4との同時投与により3日後には細菌数が検出限界にまで減少した.
さらにマウスを用いた慢性感染モデルでの実験も行っている.これはマウスに非常に高濃度の病原菌を投与するもので,細菌が集団化したバイオフィルムを形成する.この状態では薬剤の効きが悪くなることが知られており,実際に実験でバンコマイシンやリファンピシン,およびその混合剤を投与しても細菌数を2-3桁減らすのが精一杯であった.これに対しADEP4単独投与でも同等の効果,さらにADEP4とリファンピシンの同時投与では細菌が検出限界にまで激減するなど,慢性化した感染症においても非常に大きな効果を発揮することが実証されている.
経路をブロックするのでは無く,自壊に繋がるよう一部を暴走させるというアイディアはなかなか面白いし得られた結果もかなり有望なものである.近年の抗生物質の乱用から耐性菌の出現速度も上がっており,こういった新しい発想での治療法の進歩には期待したい.
間違って人間に効いたりしないの? (スコア:0)
初代神聖皇帝みたいに溶けたりしたらいやだなあ
Re:間違って人間に効いたりしないの? (スコア:1)
ADEP4がくっついて活性化するClpPは細菌類(と葉緑体だっけか?)にしかなかった気がするんで,人間には多分影響はないんじゃないかと.
#実用化の際には,余計な悪さをしないかとか,もっとちゃんとした試験が必要ですが.