phasonの日記: (多分)低コストでメタルフリーな流動電池 3
"A metal-free organic-inorganic aqueous flow battery"
B. Huskinson et al., Nature, 505, 195-198 (2014).
各種電池が一大研究分野である事は周知の事実であるが,今回取り上げるのはその中でも超大型の蓄電設備用の電池である.
ご存じの通り,太陽光や風力と言ったいわゆる再生可能エネルギーは変動が大きく,そのまま利用するのには限界がある.これら不安定な電源からの電力を安定なものへと変えるために,様々な蓄電設備が利用・開発されているのだが,こういった用途で電池に要求される特性は,我々の身近にある携帯機器類のバッテリーに要求される特性とは大きく異なる.
まず,大電力を保持しておく必要があるため,大容量化したときのコストが非常に低くなければならない.例えばリチウムイオン電池のkWh当たりの単価は10-20万円程度であるが,これで1-100 MWクラスの発電所の出力安定化用蓄電設備を作ろうというのは悪夢以外の何物でも無い.ちなみに,現時点でかなり価格がこなれているNaS電池だと2-3万円/kWh程度であったと思う.
次に,大電流での充放電が長時間安定して出来る必要がある.何せ国の基幹電力を支えるのであるから,「みんなが一度に使うと放電が間に合わずに電圧が下がります」というのは避けたいところだ.
そして何より,多数回の充放電でも劣化の少ない耐久性の高さが要求される.不安定な再生可能エネルギーを使うのであれば,日に何度も充放電が繰り返される可能性がある.それを何年か続けても変わらず使えるような耐久性の高さが必要だ.
そんな各種特性にマッチした電池として,「流動電池(Flow Battery,またはRedox Flow Battery)」というものが研究されている.これはどういうものかというと,電池の活物質(実際に酸化還元を起こして電力を蓄える物質)を全て液体中のイオンとしてしまった電池である(住友電工の公開している解説論文を参照のこと).
例えばリチウムイオン電池を考えてみよう.典型的には,一方の電極がコバルト酸リチウム,もう一方がグラファイトと両者とも固体であり,固体の電極が電子やリチウムイオンを出し入れすることで充放電を行う.これに対し,現在実用化されているバナジウム系の流動電池では,水素イオンだけを通す膜で仕切られたタンクの左右にバナジウムの水溶液(片側にはV(+4)O2+,反対側にはV3+)を入れ電極を突っ込んだ構造となっている.充放電時にはそれぞれの電極の周囲で
V(4+)O2+ + H2O ⇔ V(5+)O2 + + 2H+ + e-
V3+ + e- ⇔ V2+
という酸化還元が起こり,電気を充電・放電することが出来る.この流動電池を通常の電池と比較すると以下のような違いがある.
通常の電池
・酸化還元をするのは電極そのもの
・電極の化学変化やイオンの出し入れによる構造変化が大きい → 電極が劣化しやすい
・大容量化するには,電極自体を増やす必要がある
・電極は高価な遷移金属が多量に使われており,容量を増やすとコストが劇的に高くなる
・充電(放電)が進むと,電極のずっと内部までイオンが入る(から出てくる)必要があり,充電(放電)速度が非常に遅くなる(最初と最後での充放電の速度差が大きい
流動電池
・酸化還元をするのは溶液中のイオンだけ.電極は単なる導電路
・電極の化学変化は無いので安定.酸化還元するイオンは,安定な錯体を使えば耐久性が高いし,分子レベルでの変化だけなので構造変化に由来する劣化はほとんど無い
・大容量化するには,単に溶液のタンクを大容量化し,ポンプで順次溶液を流し込めば良い
・充放電速度は,充放電の初期と末期であまり変わらない
となる.イメージ的にはポンプから順次燃料を供給する燃料電池(しかも充電も可能)に近い(実際にはタンクは循環型だったりと違いはあるが).
劣化の少なさと大容量化の容易さ(要するに,燃料タンクをでかくして溶液を増やすだけで容量が増やせる)が非常に素晴らしいのであるが,弱点としてエネルギー密度の低さと,バナジウムが比較的高い元素であるという点に問題を抱えていた.もちろんリチウムイオン電池などに比べれば低コスト(kWhあたり活物質だけだと1万円程度)なのであるが,近年触媒や合金などの用途でのバナジウムの利用が増えたことから,より低価格な流動電池のための活物質の検討が行われている.
今回報告されたのは,キノン系の酸化還元を用いた金属元素を使用しない流動電池である.
キノンというのはベンゼン環に二つの=O基が結合したものであり,簡単に還元されてヒドロキノンへと変化する.キノン-ヒドロキノンの間の酸化還元は実は生体中では非常に重要な反応であり,生物内での電子移動が絡む様々な反応に関わっている物質だ.
今回用いたのは中心がベンゼン環が3つ結合したアントラセンとなっているアントラキノンに,さらにスルホ基を2つ結合した分子AQDS(9,10-AnthraQuinone-2,7-DiSulphonic acid)で,そのAQDSの水溶液を負極の活物質として使用し,正極には臭素水を使用している.放電時の反応としてはヒドロキノンがキノンに戻る反応と臭素分子が臭素酸になる反応が組み合わされ,
H2AQDS → AQDS + 2H+ + 2e-(負極)
Br2 + 2H+ + 2e- → 2HBr(正極)
という反応で放電する(充電時は逆反応).
著者らはこの組み合わせでセルを構築し,様々な特性評価を行っている.
まず電圧であるが,他の流動電池と同じく水を溶媒に使っているので,セルの最大起電力は1.5 V弱である(これ以上になると水が電気分解してしまう).電極での単位面積当たりの出力密度は0.6 W/cm-2以上(@1.3 A/cm-2)であったが,これは(結構特性の良い)燃料電池などとほぼ同等の値となる.また酸化還元に関わるAQDSが有機分子であるため,置換基を導入することで起電力の微調整を行う事も可能であった.金属イオンを利用する通常の流動電池では水への溶解度と起電力や安定性を変えるには用いる元素を変えたりといったことが必要なのだが,今回のものなら有機合成により様々な特性を持った分子へと変更が可能で,物質開発の幅が一気に広がる.クーロン効率も95 %程度とそこそこ高い.クーロン効率というのは充電時に詰め込んだ電子が何割取り出せるかを表す量であり,充放電の過程で余計な酸化還元が起こってしまうと減っていく.逆に言えば,これが高いと言うことは目的の化学種だけが綺麗に酸化還元を起こしており,余計な副反応はほとんど起きていないと言うことだ.
サイクル特性としては10回ぐらいの充放電しか見ていないので何とも言いにくいところはあるが,平均で99.2 %だそうだ.10回までの充放電ではまあ劣化はあまり見えていないよ,と.一度の充放電に10時間近くかかっているようなので仕方ないのかも知れないが.ここはもっと長いタイムスケールでの劣化を見てみたいところ.
活物質で見たエネルギー密度としては,体積で50 Wh/L,重量で50 Wh/kg程度らしい.体積エネルギー密度で言うとリチウムイオン電池の1/10程度,鉛蓄電池よりやや劣る程度と見栄えはしないが,これはまあ予想の範疇(重量エネルギー密度ならまあ鉛蓄電池は超えられる,という程度).
さて,本システムの利点をまとめておこう.
まず,ヒドロキノン類を使うということで大量生産が容易である.アントラキノンなどの分子は生体中でも使われていることから,うまくいけば大腸菌か何かに適当な遺伝子を放り込むことで,膨大な量の生産が可能になる可能性がある.それが無理だったとしても,アントラキノンは既に工業的に量産されている分子であり事から少なくとも石油がある限りは量産が可能である.スルホ基の導入も安価かつ多量に行えるプロセスなのでここも問題は無いし,臭素も膨大な資源量と安価な価格で知られる.このため,現時点でも活物質のコストは$30/kWhと,現行のバナジウム系流動電池($80/kWh)の半値以下で作成できる.これは蓄電設備として大容量化を行ううえで大きなアドバンテージとなる.
次に,ヒドロキノン類は酸化還元が非常にスムーズな系であり,電極において余計な触媒が不要だという点が挙げられる.このため触媒作用による水の電気分解が押さえられ副反応も起こりにくいし,電極としては安価な炭素電極が使用できる(今回の実験では,東レのカーボンシートが用いられている).
さらに,活物質のAQDSがそこそこ大きな有機分子であり,正極側と負極側を隔てているイオン交換膜を通り抜けにくい点がある.実は既存の流動電池では金属イオンなどがこのイオン交換膜を時折くぐり抜けてしまい効率低下などを引き起こすのだが,AQDSは分子が大きいために膜をほとんど透過せず,そのような問題が起こりにくい.
そして最後の利点が,前述した有機分子ゆえの設計性の高さである.これにより,溶解度や起電力,副反応の抑制など,様々な特性向上が期待できる.
と言うわけでなかなか筋が良さそうな電池技術であるのだが,個人的な感想としては「その手の組み合わせ,今までほとんどやられてなかったの!?」という感じだ.上で述べた通り,キノン/ヒドロキノン系は生体分子でいえば酸化還元の基本中の基本である.てっきり既にいろいろ検討されているものかと思いきや,そうでも無かったらしい.
キノン類に関してはちょうど同じ時期にキャパシタの大容量化に利用できるという報告も出てきているが,まあ意外にやられていないものである.
なんとなく (スコア:1)
有機分子(しかも生体内にある程度なかでは低分子量)は高電荷/大電気容量系だと、もろもろ怖くて(あんまり)検討してなかった、とかありそうかなーと思った。
# 腐ったり壊れて変な酸化腐食とかいやん(これはなさそうだけど)
# みたいな
M-FalconSky (暑いか寒い)
Re:なんとなく (スコア:1)
電池系は無機系の人が中心でやっていたんで,有機分子にはあまり手を出していなかった,とかもありそうですね.
#実際にどうかは知りませんが.
電池に限らず,無機屋・有機屋ともに古典的な仕事は結構やり尽くされていて,畑違いとか境界分野に手を出す人が増えているので,この手の「え?それ使っただけでうまくいくの?」的な発見はこれからも頻発するかも.
Re:なんとなく (スコア:1)
> 電池系は無機系の人が中心でやっていたんで,有機分子にはあまり手を出していなかった,とかもありそうですね
電池などには門外漢のわたしにとっては「太陽電池のシリコンの代わりに葉緑素を使ってみました」くらいのインパクトに感じました。