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11062029 journal
日記

phasonの日記: 記憶と睡眠の関係:その一端が明らかに

日記 by phason

"Sleep promotes branch-specific formation of dendritic spines after learning"
G. Yang et al., Science, 344, 1173-1178 (2014).

何か物事を学習した後に睡眠をとると記憶として良く定着する,という事が言われている.確かにそのような傾向があることはわかっているのだが,そのメカニズムに関しての詳細は未だに判明していない.
一つの説として「眠っている間に余計な記憶が削除・整理され,必要な記憶が残る」というものがあり,それを支持する研究結果も数多く報告されている.ところで,睡眠というのは余計な記憶を刈り込むだけなのだろうか?睡眠そのものが神経の発達を促し,記憶を増強する働きをしているという事はあり得ないのだろうか?
このような疑問が出てくる一つの大きな理由は,成長時の脳の発達にある.乳幼児期などの脳の発達においては,睡眠が重要な要素である事が知られており,睡眠は神経系の発達を促進することが明らかとなっている.ならば,成長してからの記憶の形成=脳の発達においても,睡眠が積極的な関与をしているのではないだろうか?

そんな観点からの研究もいくつか行われているのだが,今回報告された論文はその大きな一歩となるものである.
実験においてはマウスを用い,運動の習熟における神経系の発達を直接観察することで研究を行って居る.運動とはどういうことかというと,筒状の器具にマウスをつかまらせた状態で筒をモーターで回転させ,マウスが筒にしがみついたまま前方(モーターを逆進させる場合には後方.どちらも,筒の円周方向)に進まないとずり落ちてしまう,という状態を強制的に作る.マウスとしては落下を本能的に避けたいために,しがみついたまま前進(後退)するという運動を強制され,その慣れない運動に習熟していく過程で神経が発達する.観察には2光子励起顕微鏡(生体の深部を見ることが可能)を用い,生きたままマウスの運動皮質の第五層(大脳皮質から外部への通信を担う)の神経細胞を観察している.
実験においては,細胞ごとの個体差などの影響を減らすため,「一つの細胞から伸びて途中で枝分かれしている2本(以上)の神経突起で,片方が顕著に成長,もう片方があまり成長しなかったペア」を用いて統計を取っている.要するに,「同じ細胞から伸びている複数ネットワークで,実験で使っている運動に関連したネットワーク(関与する樹状突起が良く成長する)とそうではないもの(樹状突起の成長は少ない)を比較する」という事だ.どの樹状突起が(いま標的としている)運動に関わっているのかは(現代の科学では)わからなくとも,「実験後に顕著に伸びた連結が,その運動に関与してるでしょ?」という推測は成り立つためだ.
観測結果においては,樹状突起の主となる太い枝から新たに生えたひげ根状の細かい突起の数をカウントし,「突起が〇〇%増えた細胞が,全体の〇〇%」というような形で解析を行っている.

まずこの方法できちんと運動トレーニングの影響が見られるかの検証のため,運動を行った個体と行わなかった個体での比較を行った.その結果,運動させずに普通に過ごしていたマウスでは新たに伸びた突起の数にはあまり差がなかったのに対し,運動をさせるとある同じ細胞から伸びている枝の間で新たな突起の生え具合に10%以上の差が出た細胞が非常に多いことが判明した.ここから,本実験手法で学習による神経細胞の成長度合いが検出できそうだ,と言える(実際には,もうちょっといろいろと検証して手法の正当性を議論している).なお,一度生じた突起は,しばらく使われないと削除されていく(脳では,使用頻度の低いネットワークを削除し,余計な記憶を無くす).この削除具合に関しては,運動をしてもしなくてもあまり変化は無いようであった.運動すると神経細胞の成長が促進されるが,余計な突起の刈り込みは運動の有無にかかわらず同程度,ということだ.
また,全身運動を学習させ(1度目),数時間後に今度は逆方向の回転で後退運動を学習させる(2度目)と,1度目と2度目では成長する枝が変わる可能性が高い,という事も明らかとなっている.これはまあ,「別の記憶は,別のネットワーク構造として記憶される」という事を考えれば納得のいく傾向だ(本実験手法がちゃんと使えていることの傍証でもある).

続いて,いよいよ睡眠の効果の検証である.
実験としては,グループ1:通常の運動学習をさせた後に8時間ほどの十分な睡眠をとらせる,グループ2:運動学習後,8時間の間,寝そうになると指で突いて邪魔をする,グループ3:運動学習後4時間ほど指で突いて邪魔をして,その後また同じ運動をさせ,さらに4時間ほど睡眠を邪魔する,グループ4:最初の運動学習もいっさいせずに,ずっと眠らないようにしたまま8時間放置,という4グループにおいて,神経の成長がどう変わるかを観察した.
その結果判明したことは,運動後に睡眠をとったグループ1は神経突起が十分に成長したのに対し,睡眠を阻害したグループ2ではその半分程度しか突起が成長せず,グループ1の2倍の練習量があるグループ3であってもグループ1以下の成長(2/3程度)しかなかった,という事実である.睡眠を阻害したグループでは,明らかに神経突起の成長が阻害されている.なお,これが眠れないストレスによるものである可能性を考慮し,「睡眠はとらせるが,ストレスホルモンを投与して擬似的にストレスを加えたようなグループ」というものも検討したが,こちらもグループ1と同程度の十分な神経突起の成長が確認された.
これだけだと,「運動で神経が成長し,眠れないとそれが削除される」なのか「運動で神経が成長するが,寝ている間にさらに成長が進む」のどちらなのかが区別できない.そこで運動後に8時間睡眠をとったグループと寝かせなかったグループをとり,その段階から以後16時間放置する間に神経がどう変わるのか?も検討した.その結果,睡眠をとれたグループでは運動後8-24時間の間にも突起は増えていくこと,それに比べて睡眠をとれなかったグループではこの時間帯での神経の成長が比較的少ないことが明らかとなった.この結果は,「学習後に睡眠をとると,神経系がさらに発達して記憶を確かなものとする」という事を示唆している.
また,「新たに生じた突起が,長時間経過後にどのぐらい生き残っているか?」(=覚えたことを忘れずに定着したか)を調べた結果においても,運動後にしっかりと睡眠をとった方が生存率が高い,という事が報告されている.

*この他にも,前進運動→睡眠→後退運動→睡眠と前進運動→睡眠→再度前進運動→睡眠などでどう変わるか?なども実験しているが,割愛.

追加の実験として,カルシウムイオンを調べることで細胞の活動状況(活発に活動すると,カルシウムイオンが多量に使われる)をモニタするという実験も行われているが,運動によって活性化した細胞(=恐らくその運動に関わる何かを記憶する細胞)は,その後のノンレム睡眠中にも再活性化されており,それが記憶の定着に関わっているのではないか?というところまで見えてきている.要するに,寝ている間に勝手に(脳内)反復練習して,記憶をより確かなものにしているようなものだ.

まだまだ詰めないといけなそうなところだとかもっとやった方が良い実験などもいろいろ思い浮かぶが,かなり面白い実験だと思う.
なお,2光子顕微鏡を使ってマウスの運動皮質の第五層を観察し運動の習熟を調べるたという基生研らによる論文が,ちょうど同じ頃にNature Neuroscience誌に掲載されたようなので,興味がある方はそちらもどうぞ(うちでは読めないのでスルー).

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