phasonの日記: 手軽に実現できる不可視化クローク(ただし濁った媒質中に限る) 2
"Invisibility cloaking in a diffusive light scattering medium"
R. Schittny, M. Kadic, T. Bückmann and M. Wegener, Science, in press (2014).
近年,メタマテリアルを用いて内部の物体を不可視化するクローク技術の研究が流行している.物体があるにもかかわらず光がその周囲を迂回するように進めば,内部の物体を光学的に観測することはできなくなる.これが不可視化の基本原理である.では,どのようにしてそれを実現するか?一番単純なのは,周囲よりも光速度の速い物質で隠蔽したい物体を覆ってしまうという事が考えられる.光は速度が速いところを優先して通ろうとするので(*),このような構造を作ればまっすぐ進んできた光は内部の物体を迂回するように進み,結果として内部の物体を見ることができなくなる.
*フェルマーの原理により,光は最短時間(正確に言うとちょっと違うのだが,たいていの場合はこれでよい)の経路を通る.もちろん光に意思があるわけではなく,波面の重ね合わせを逐一考えることで数学的に示すことができる.
ところが問題は,我々の周囲(=空気中)の光の速度は物理的な速度の限界である真空中の光速度にほぼ等しく,これを超える速度は実現できない,という点にある.メタマテリアルを用いた不可視化クロークにおいては,波面の複雑な重ね合わせにより「一つ前の波が作った波面が,次に来る波がすごく速く進んだ場合に作る波面と同等になる」という事を引き起こし,擬似的に超光速的な現象をもたらし,不可視化を引き起こす.周回遅れのランナーが,一見すごく速い位置にいるように見える,というのと似たようなものだ.この「周回遅れの疑似超光速」に基づく不可視化は,連続光に対しては非常にうまく作用する.連続光では同じ波が次々にやってくるので,一周期遅れのものを重ね合わせるという手法で連続的に不可視の状態を作れるからだ.
ところがこの既存のメタマテリアルを用いた不可視化にはいくつかの問題点が存在する.まず一つには,パルス光に対しては不可視にならない,という点だ.周回遅れの合成波を用いて細工しているのだから,1周期ぐらいの短いパルスに対しては,ワンテンポ遅れた応答が帰って行くこととなる.光の応答にズレが生じるのだから,これは完全な不可視化とは呼べないだろう.そして何より大きな問題は,適用波長域が狭い点である.メタマテリアルは,波長と同程度のナノ構造の組み合わせにより実現されている.という事はメタマテリアルとして作用出来る波長が決まっているわけで,そこから大きく外れた波長の光に対してはもはや単なる物体として振る舞い,不可視化を引き起こすことはできない.
今回著者らが報告しているのは,大きな物体に対しても適用可能で,適用は超範囲も広く,しかも安上がり,という不可視化クロークの製法である.
そもそも,メタマテリアルを使わなければならなかったのは,周囲の光速度を超える光の速度が実現できなかったからだ.もし周囲の光の速度が何らかの理由で非常に遅くなっているのならば,光を高速(=周囲よりも,もっと真空中の光速度に近い速度)で通す材料で隠蔽したい物体を囲んでしまえば,自動的に不可視化が実現できる.では,光の速度が大幅に遅い状態,というのはあり得るのだろうか?
著者らが目を付けたのが,懸濁した媒質である.例えば深い霧の出ている大気中なり,牛乳なり,泥水なり,塗料の溶けた溶剤でも何でも良い.こういった媒質中では,光は細かな散乱体によって何度も散乱されながら,媒質中をゆっくりと拡散していくこととなる.こういった媒質中では,光が進むためには何度も散乱を繰り返して複雑な経路を通らなければならないために,実効的な光の速度は非常に遅くなっている.この懸濁媒質中に散乱源の少ない材料を置けば,その中での光の速度は周囲の光の速度を大きく超えるものとなる.例えば深い霧の中にガラスの分厚い板を置けば,光が霧に何度も散乱されながら進むより,障害物のないガラス内部を通る方が圧倒的に速い.これを利用する事で,「周囲より光の速度の速いクローク」が実現できる.これで隠蔽したい物体を囲んでやれば,その物体は不可視化されるはずである.
というわけで実験である.
著者らは水槽の中に,直径33.2 mmの金属パイプを沈め,後ろにある10 mm幅程度の長方形状のスリットから出てくる光で照らしている.水槽の中に何も入っていないときや水しか入っていないときは,光源であるスリットはパイプの後ろに完全に隠れてしまうため,パイプは黒い影として見える.水の代わりに拡散性のある懸濁液を入れても,やはり金属パイプの部分は薄ぼんやりとした影にしか見えない.
次に,この金属パイプの表面を,懸濁液中より光が速く進めるような物質(拡散係数が,懸濁液の3-5倍程度)でコーティングする.コーティングの厚みは4 mm弱である.この状態の金属パイプを水槽に入れ,後ろのスリットから光で照らす.水槽の中が空気であったり単なる水である場合は,金属パイプは変わらず影として見えるだけである.ところが,水槽内を懸濁液で満たすと,突如として金属パイプは全く見えなくなってしまう.金属パイプが無かった状態と全く同じように,光源であるスリットの正面はぼんやりと明るく,周囲に行くに従って暗くなる.
論文本体が見られない人は,計算結果がSupplementary Materialsに載っているのでそちらを参照して欲しい.これは計算結果であるが,実験結果と瓜二つとなっている.
金属パイプも懸濁溶液も入れなかった状態の様子が,Fig. S3Gである.スリットから抜けてくる光だけが明るく見えている.この前方に金属パイプを入れたり(S3H),コーティングした金属パイプを入れたり(S3I)すると光が遮られ,真っ暗になってしまう.
水槽中に懸濁液だけを入れると,Fig. S3Jのようになる.スリットからの光は拡散され,ぼんやりとした明るいラインとなる.この前方に金属パイプを入れると,光が遮断され影が見える(S3K).ところが,拡散係数の高い(=光が周囲より速く進む)コーティングで覆った金属パイプの場合(S3L),光がパイプを迂回して背面に進んでくるため,まるで金属パイプがそこに存在しないかのように光が裏側へと抜けてくる.つまり,金属パイプが不可視化されているわけだ.
なお著者らは同様の実験を点状の光源と球状の物体でもやっており,計算結果は同じくFig. S4で見ることができる.
発想の転換による非常に興味深い結果である.
……あるのだが,ではこれを何に使うのか?というとなかなか難しい.
一応著者らが頑張って考えたと思しき用途が論文の最後に書いてはあるのだが,その内容は,「風呂の窓の曇りガラスに適用すると,鉄棒入れて防犯性を上げつつ,まるでそんな邪魔な鉄棒は入っていないかのような窓が作れるよ!」という,「そうですか……」としか言いようのないものである.
面白くはあるが,使い道はちょっと……
適用範囲が広い (スコア:1)
適用範囲が広いとは、つまりどんな波長の電磁波でもOK.
ならばX線やガンマ線に当たらないように保護する霧とか、イヤな方向では曇りガラスに隠された爆弾をスーツケースに入れて飛行機に持ち込むとか.
まあ、さすがにここまで波長が短いと機能しないとは思いますが.
4~5倍の速度差が出ればOKなら、屈折率がむっちゃ高いものを探せばいいのかな. ダイヤモンドでも3未満で、ちょっと足りない...
半透明な巨大オブジェができるなら面白いかも (スコア:0)
「実用性」にこだわらなければ、応用はあるのではないでしょうか。
たとえば、支える柱を見せずに曇りガラスの巨大な平面を作れるなら、結構印象的な建築物になりそうだし。あとは骨格になっている部分を見せることなく半透明な彫刻を作れるとか、視覚的にインパクトがあるものを作る方向で考えればいいんじゃないですかね。